アートが育む島のにぎわい 瀬戸内芸術祭の素朴な魅力

宮永愛子の作品「ヘアサロン壽」では会期中、実際に美容師が髪を切ってくれる(高松市)
宮永愛子の作品「ヘアサロン壽」では会期中、実際に美容師が髪を切ってくれる(高松市)

4月26日に始まった国内最大の現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭2019」がにぎわっている。10連休と重なって来場者は前回の出足を大きく上回ったようだ。島々などに約150点が並ぶ。

会場の一つ、かつて鬼がすんでいたといわれる女木島(めぎじま)(高松市)は人口わずか130人ほど。港に近い古びた2階建てのビルの前に、長い行列ができている。国内外8人の作家が作品を展示する「島の中の小さなお店」プロジェクトだ。

海が見える美容院

一室をのぞくと壁に鏡がかかり、トレーにハサミやクシ、ドライヤーが載っていた。大きな窓から砂浜と海が見える。一見美容室のようだが、これは宮永愛子の作品「ヘアサロン壽(ことぶき)」。会期中は美容師が実際に髪を切ってくれる。

女木島への出展が決まると、宮永はまず島を散策してみた。目に留まったのが古ぼけた美容室。手書きの看板に週1回船で美容師が来島し、髪を切るとある。高齢の美容師に話を聞くと「長い間、島の人たちの髪を切ってきた。海が見える美容院で髪を切るのが夢だった」と打ち明けた。

宮永が体現するのは彼女の夢だ。髪を切ってもらった来場者もまた夢の風景に連なり、島の一員に加わった気分になれる。「島に流れている時間に寄り添いたい」と宮永は話す。

原倫太郎+原游の作品「ピンポン・シー」は台に球が当たると様々な音が鳴る(高松市)

第4回となる瀬戸芸の総合テーマは「海の復権」。総合ディレクターを務める北川フラムは「瀬戸内の島々の地域力の衰退は著しかった。それをアートの力で取り戻したい」と強調する。現代アートは難解で独りよがりな方向に進みがちだが、瀬戸芸ではアートの素朴な力が率直に伝わってくる。それが意義であり、魅力といえる。

吹き抜けになったビルの広間に入ってみると、卓球台が並んでいた。赤や青、緑色などカラフルな角材でできた台にピンポン球が当たると、音響装置から固有の音階が鳴り響く。原倫太郎+原游の「ピンポン・シー」だ。原倫太郎は「島に来て島の人たちと卓球をする。わいわい言いながら、かつてのにぎわいを思い描いてほしい」という。

ほかにもコインランドリーやカフェ、マッサージサロンなど日常の暮らしを扱った作品が目立つ。かつて海水浴客でにぎわった浜も今は閑古鳥が鳴く。「島の中の小さなお店」は往事の日常を回復する試みだ。

自然や歴史も投影

男木島(おぎじま)(同)では自然をモチーフにした作品が目を引く。村山悟郎の「生成するウォールドローイング―日本家屋のために」は築90年ほどの家屋の内壁に植物と貝殻を描いた。「貝殻には貝の成長が模様として刻まれている。この家が刻んだ90年の歴史に2カ月の制作期間を重ねた」と村山。

ドイツ・ベルギーを拠点に活動するサラ・ヴェストファルの「うちの海 うちの見」は暗い室内に光と映像を投射するインスタレーションだ。床に張った水が揺らめき、壁や天井に映る淡い光は海を表す。「内海特有のきらきら輝く独特な光を再現した」という。

日ごろから現代アート目当てに観光客が押し寄せる直島(香川県直島町)では、建築家の三分一(さんぶいち)博志が築約200年の古民家を改修。「The Naoshima Plan2019『水』」と名付け再生した。井戸水が満ちる池の上を風が吹けば隣家へ涼しい空気が伝わる。集落の家屋が備えていた機能を復活させた。

三分一は「直島といえば現代建築のイメージが強いが、昔から合理的な建築があった」と指摘する。15年には自然の風を生かす「直島ホール」を完成させ、島の風土はよく知っている。「エアコンで自分の家だけ涼しければ良いという現代の住宅とは全く違う」

瀬戸芸は13年の第2回から春・夏・秋の3会期で開いてきた。16年の第3回の来場者は3会期計108日間で104万人だったが、それを上回りそうなペースでスタートしたもよう。

2000年代、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の成功を機に自治体主体の現代アートイベントは一大ブームとなった。だが、定着せずに終わった例も多い。毎回100万人以上が集まる瀬戸芸への注目度は高い。

(佐藤洋輔、西原幹喜)

[日本経済新聞夕刊2019年5月13日付]

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