会社の利益か人としての良心か 判断の根拠は「志」池上彰の大岡山通信 若者たちへ

新入生を前に講演する東工大特命教授の池上彰氏(4月4日、東工大大岡山キャンパス)
新入生を前に講演する東工大特命教授の池上彰氏(4月4日、東工大大岡山キャンパス)

今回も東京工業大学の新入生向け講演「良き問いを立てるために」をもとにお話しします。大学では「将来、社会でどんな役割を果たしていくのか」という人としての生き方を考えてほしいと思います。まさに「志」が大切なのです。

前回、新元号「令和」に託された思いなどを話題にしました。新元号を巡っては、AI(人工知能)による予測など、最先端技術も話題になりました。予測には様々な条件が必要です。条件の設定には人間の発想や問題意識がかかわってきます。答えを導く作業は意外に難しいのです。

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たとえば米国では教師の指導と生徒の成績アップの関係を割り出し、評価の低い順に教師を解雇する仕組みが考案されました。ところが生徒や保護者に支持されていた教師が解雇されてしまいました。設定を考える人が人間に対する十分な洞察力を持っていなかったからです。

人間の発想は、ときとして一定の結論を導いてしまいがちです。

もう一つ、あなたに考えてほしい問題があります。高度成長の陰で水俣病など四大公害病と呼ばれた取り返しのつかない社会問題を生んだことです。原因究明までには長い時間がかかりました。多くの被害者を出し、今も健康被害に苦しんでいる人々が大勢います。

東工大は水俣病の問題と深いかかわりがあります。東工大の教授が貝に含まれる成分と関係があるというアミン説を唱えたのです。熊本大学の分析による有機水銀説と異なりました。2つの原因説を前に当時のマスコミは判断に迷いました。どちらが正しかったかは、現在では明らかです。

そして、原因企業だったチッソの社員は当時、工場と公害の関連性について気づいていなかったのでしょうか。将来、あなたが「会社の利益か」「人としての良心か」、問われる場面があるかもしれません。

新入生から寄せられた質問も紹介します。

質問A 「内部告発で不正が暴かれ、正されたケースはあるか」

池上 内視鏡などの世界的メーカー、オリンパスが有名です。バブル期の巨額損失を表面化させないために、実態とかけ離れた事業買収などを行って決算を不正に処理していた事件です。社内の実力者が長年、経営を支配してきた弊害ともいえるでしょう。

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質問B 「会社の不正に対し、社員が『黙っている』『告発する』ほかに選択肢はあるか」

池上 不正の根拠と考えられるデータをテレビや新聞などメディアに送り、責任を追及してもらうこともできるでしょう。あるいは専門家に協力を仰ぐという手段もあるでしょう。

最近は内部通報制度によって、告発者が保護される仕組みもできました。会社は不祥事が発覚して一時的に信用を落としたとしても、技術力があり、信用回復への取り組みに力を入れれば、立ち直ることができると思います。

最後にこれからの学びとの関連でアドバイスするとすれば、将来起こりうる変化に耐えられる力を養っておくことが大切です。その力を鍛えるには「自らの頭で考え抜く」という経験を積み重ねることです。「なぜ学ぶのか、どう生きるのか」という志を育んでください。そして、より良き人生を歩むための選択をしてほしいと思います。

[日本経済新聞朝刊2019年5月13日付]

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