映画『マルリナの明日』 女にとっての「荒野」
"ナシゴレン・ウェスタン"と配給会社はうたっている。ナシゴレンは、インドネシアを代表する料理。つまりインドネシア製のマカロニ・ウェスタンということ。
たしかに、音楽といい、荒涼たる景観、その空間のとらえかたといい、マカロニ・ウェスタンを思い出させる。こんなにはるか遠くまで見わたせる風景は、インドネシア映画では、はじめて見た。
スンバ島という島で、監督・脚本のモーリー・スリヤ(これが第3作の新鋭女性監督)は「スンバ島はとても乾燥していて、テキサスのような感じ」と言う。
荒野にポツンと1軒たつ小屋といってもいいような家に、マルリナ(マーシャ・ティモシー)がくらす。家の前には息子の墓。なかには夫のミイラがある。
そこに7人の男たちが来る。盗賊だ。2人がマルリナの全財産である家畜をトラックではこび去り、5人はマルリナの料理を食べたあとで、順ぐりに「かわいがってやる」と宣告する。
これがマカロニ・ウェスタンや本家アメリカの西部劇だと、盗賊がやりたい放題やって、そこから主人公の復讐(ふくしゅう)劇がはじまるのだがマルリナはそうさせず、果敢に迎え撃つ。4人を毒殺し、のこる首領は、レイプにうつつをぬかしているうちに山刀で首をはねる。
翌日、その生首をぶら下げ、乗合いトラックをつかまえて、マルリナは警察署に向かう。盗賊ののこり2人がもどってきて、仲間の死体を見つけ……。
最後は、またマルリナの家を舞台に、殺人と新たないのちの誕生となる。
なんだか、この一軒家が能や歌舞伎の「黒塚」または「安達原(あだちがはら)」の鬼女の家に見えてきた。鬼女伝説を女のがわから見ると、こんなふうになるのではないか。
女にとっての「荒野」とは、ろくでもない男のはびこるこの世界なのだろう。1時間35分。
★★★
(映画評論家 宇田川幸洋)
[日本経済新聞夕刊2019年5月10日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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