骨が固まる難病「強直性脊椎炎」 新薬に期待
初期症状は、朝起きた時の背骨や腰の痛み
「強直性脊椎炎」は、進行すると前かがみのままの姿勢になってしまう原因不明の難病だ。背中や腰に痛みが続き、患者の9割近くが40歳未満で発症している。最近では新しい薬が登場し、従来の薬で適切な治療が得られなかった患者にも効果が期待される。医療の現場で選択の幅が広がっている。
通常、骨と骨、骨と筋肉は直接つながっているのではなく、その間を靱帯や腱(けん)が結んで、関節の動きをなめらかにしたり、骨を傷めたりしないようにしている。
強直性脊椎炎の患者は靭帯や腱が骨に付く部分に炎症が生じる。炎症を修復する過程で、詳しい原因は分かっていないが骨がつながって固まり、体の動きが悪くなる。
病状が進むと次第に背骨の動きが悪くなる。骨が固まり動かなくなる「強直」という状態になる。靴下をはいたり、上を見上げたり、手を伸ばしてモノを取ることなどの屈伸動作がスムーズにできなくなる。体が硬くなったと自覚できる症状だ。
病気で骨が硬く動かなくなるが、骨自体は炎症により弱くなり、骨粗しょう症が起こってくる。進行する患者には前を向いて歩くのが難しくなる人もいる。
埼玉県越谷市に住む男性(36)は約10年間治療を続けている。これまで治療薬が合わずに手のひらに発疹が現れ、ツメの変形を繰り返していた。仕事は中華料理店で調理を担当しており、「見た目が悪く、周囲の目もあり気分が落ち込んだ」という。
国内で長らく使用されてきた薬物治療は、非ステロイド性の抗炎症薬(NSAID)。ただ効果が不十分だったり、消化器の障害などの副作用により治療を継続できない患者もいた。
その後に使われる「TNF(腫瘍壊死=えし=因子)阻害薬」という生物学的製剤は、関節リウマチでも使用される薬だ。
炎症を起こす物質(TNF)を中和する効果が強直性脊椎炎にも有効であることが認められ、「インフリキシマブ(商品名レミケードなど)」「アダリムマブ(同ヒュミラなど)」の2種が2010年に日本で使用可能になった。だが十分な効果が得られなかったり、副作用で使用できなかったりする患者もいた。
そこで登場したのが新たな生物学的製剤「セクキヌマブ(同コセンティクス)」。昨年12月に厚生労働省から強直性脊椎炎に効果があるとして承認を受けた。
埼玉県越谷市に住む男性も新薬に切り替えてから発疹の症状が消えた。「痛みもなく仕事に専念できるようになった」と喜ぶ。
昨年8月に病名が確定した都内に住む会社員の男性(49)も従来の薬の副作用で皮膚に異常があり、投与できなくなった。今年1月から新薬に切り替えたところこうした症状はなく、「首や背中の痛みも30%くらい減った」と感じているという。
人の細胞から分泌される物質の一つである「インターロイキン(IL)―17A」は強直の原因である炎症と強い関連があることがわかっている。
新薬を開発したスイスの製薬会社の日本法人ノバルティスファーマの免疫・肝臓・皮膚メディカルフランチャイズ部の谷裕美子部長は「新薬はIL-17Aの働きを阻害することにより、抗炎症効果を発揮する」と説明する。
患者は最初の1カ月間は毎週、以降は4週間間隔で皮下注射する。「投薬から16週後に30人中11人が背骨や腰の痛み、こわばりなどの症状が50%以上改善した」(谷部長)と有用性が見込めると強調する。
「まだまだ診断されていない患者がいるはず」というのは順天堂大学膠原(こうげん)病・リウマチ内科の多田久里守准教授。今後の診療について「過剰診断や誤診を防ぐことも重要。リウマチ科と整形外科医などの専門医がしっかりと連携していく必要がある」と指摘している。
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「病名確定に平均10年」 未成年も発症多く
ノバルティス社が2018年9月に強直性脊椎炎の診断を受けた患者103人にインターネットを通じてアンケートをしたところ診断されるまで複数の施設・診療科を受診した患者が7割以上を占めた。順天堂大の多田准教授らが実施した患者団体へのアンケートによると、「病名の確定診断まで平均して10年を要している」という。
症状はゆっくり進行するため、整形外科やリウマチ科、神経内科を転々とすることが多い。同社の調査では「椎間板ヘルニア」「ぎっくり腰」「座骨(ざこつ)神経痛」と診断されることが多かったという。
病名が確定できない理由は患者が痛みを医師に伝える際の苦労だ。同社の調査で、症状をうまく伝えられない理由(複数回答)について、「箇所がはっきりしない」が5割で最も多かった。「いつから症状があったか、よく分からない」「(痛みが)弱かったり強かったりする」と答える患者も3割以上いた。
発症は中高生も多く、初期症状は朝起きた時の背骨や腰の痛み、成長痛として間違えられやすいという。多田准教授は「若くして発症した腰痛で、運動したら軽くなる場合には強直性脊椎炎を疑い、リウマチ専門医を受診してもらいたい」と話す。保護者らも成長痛と見過ごさず、注意を向けておく必要がある。
(近藤英次)
[日本経済新聞朝刊2019年4月29日付]
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