映画『バースデー・ワンダーランド』 異界の冒険
原恵一監督のアニメの根底にはファンタジーがある。異界での冒険物語だ。
北斎の娘・お栄を主人公にした『百日紅』でも、江戸時代の日本を、物の怪(もののけ)と八百万(やおよろず)の神が住まう異境に変え、そこに生きる娘の冒険を描きだしてみせた。
この最新作『バースデー・ワンダーランド』では、真正面から純粋なファンタジーの世界に挑んでいる。
ヒロインは小学生のアカネ(声・松岡茉優)。骨董屋を営む奔放な叔母チィ(声・杏)の店を訪れたとき、いきなり地下室の揚げ戸が開き、そこから大錬金術師のヒポクラテス(声・市村正親)が現れる。
地下室の彼方(かなた)に広がる異界のワンダーランドでは、水が不足し、そのため世界から色が失われようとしていた。ヒポクラテスはアカネにこの危機の原因を究明し、ワンダーランドを救ってほしいと頼みこむ。
アカネは叔母のチィに励まされ、ワンダーランドへの旅に出る。そして、様々な苦難を乗りこえ、水源を破壊しようと企(たくら)む悪党ザン・グと対決することになる。だが、その策謀の裏にはワンダーランドの意外な秘密が隠されていた……。
原作のせいか、題材は常套(じょうとう)的で既視感があるし、脚本ももっと作劇術にメリハリをきかせることができたはずだ。しかし、狙いはしごく真っ当(まっとう)なイニシエーション(通過儀礼)の物語である。冒険の成就とヒロインの自己確立が重ねあわされているのだ。
ワンダーランドを潜りぬけた少女が自分を確立したといえるためには、その世界の苛酷(かこく)さと美しさが説得的に示されなければならない。そのため原恵一は、自然の力を幻想的なまでに徹底して描きこむ意欲を見せている。嵐が吹きすさぶ虹色の砂漠や、光線がきらきらと屈折する水底の風景、雪に閉じこめられ暗鬱にかすむ町など、異界の自然の諸相が見どころといえよう。1時間55分。
★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2019年4月26日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。