作曲家×演劇やオペラ 地方ホールが異分野タッグ
地方の公共ホールが著名な作曲家と組み、クラシックと演劇といったジャンルを横断する冒険的な企画に挑んでいる。小回りが利く地方のホールとの協業は作曲家の創作意欲を刺激する。
3月上旬、神奈川県民ホール(横浜市)で音楽とコンテンポラリーダンス、演劇をミックスした舞台「メモリー・オブ・ゼロ」が上演された。ホールを運営する神奈川芸術文化財団の2人の芸術監督、作曲家の一柳慧と演出家の白井晃がタッグを組み、新たな表現を探る企画だ。
観客の視点反対に
同ホールは収容約2500人と大規模だが、この日は舞台奥を囲むように設けた300ほどの客席だけ。通常の客席は舞台の遠景となり、観客は普段とは反対の視点から舞台を眺める。
第1部「身体の記憶」では「リカレンス」など一柳の現代音楽に合わせ、小池ミモザらダンサーが登場。クラシックバレエからモダンバレエ、モダンダンス、コンテンポラリーダンスへと身体表現が移り変わっていく過程を表現した。舞台の幕には数字の年号を映し出し、ダンスの変遷をたどるタイムトラベルの趣だ。
第2部は米作家ポール・オースター原作、柴田元幸訳の小説「最後の物たちの国で」をモチーフに、一柳が音楽、白井が台本・演出を担当。何もかもが破滅に向かうディストピアで、一人のダンサーがかすかな希望の光を見いだす。
ダンサーたちは激しく動き、絶望と希望が交錯する物語を巧みに伝える。白井は原作の朗読、一柳もピアノ演奏を披露。「身体と記憶」というテーマに基づいて、五感で訴える複合芸術となっていた。
一柳と白井は2016年以降、神奈川芸術劇場や県立音楽堂で共同企画を手掛けており、今回が3回目になる。一柳は「都心から少し離れたホールだからこそ成立する企画」と語る。様々な文化施設が集まる東京都内では「分野ごとに劇場が細分化され、連携は生まれにくい」と指摘する。
個性で生き残り
複合文化施設のグランシップ(静岡市)では、5月31日と6月1日に上演する自主製作オペラ「ある水筒の物語」の準備が進む。構想を持ちかけたのは、吹奏楽や歌曲などを手掛ける地元出身の作曲家、伊藤康英だ。戦時中の静岡空襲で約2000人の市民が死亡。さらにB29爆撃機同士が衝突して墜落し、米兵23人が亡くなった。日米合同慰霊祭が今も続いていることを知り、伊藤は「オペラ化すべきだ」と直感した。
旧知の声楽家、仲戸川知恵子が代表を務める団体「うきうきプロジェクト」に声をかけ、ソリストの一部と合唱団は地元から集めた。演出は劇団青年座などで活躍した高木達。演劇的要素やメッセージ性を込めた作品になるという。静岡の後、ハワイでの上演も決まった。伊藤は「どの地域でも通用する普遍的な作品にしたい」と意気込む。
地方の公共ホールは都内と比べて公演数や頻繁に通う観客は限られる。そもそも自主企画の公演は少なく、興行主に施設を提供する貸し館事業が中心だ。ジャンルを横断するような思い切った企画はやりにくい環境といえるが「人口が減っている地方のホールは個性を打ち出さないと生き残れない」と仲戸川は訴える。
長野市芸術館は4月から「レジデント(座付)・プロデューサー」のポストを設け、2人の気鋭の作曲家を起用した。クラシック系の加藤昌則と、ポピュラー系でギタリストでもある上條頌(しょう)だ。山本克也総支配人は「ともに若く思考が柔軟。予想を覆す企画を考案してほしい」と期待する。
加藤は10月以降、初心者向けにレクチャーを交えてクラシックを紹介する企画を開催する。演劇やオペラ、ミュージカルなどと連動した企画も見込む。
一柳は地方の公共ホールについて「作曲家らクリエーターと、ダンサーや奏者らパフォーマーをつなげる舞台を生み出せる」と述べ、潜在能力は高いとみる。今後は地方から、新たな総合芸術が生まれていくのかもしれない。
(岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2019年4月16日付]
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