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ガウディに恋して40年 作品測り図面起こした日本人

2019/4/15付 日本経済新聞 夕刊

自ら描いたガウディ建築の図面について語る(東京・品川)

スペインの建築家アントニオ・ガウディが残した作品を、40年かけて図面に起こした日本人がいる。バルセロナ在住の建築家、田中裕也(66)だ。複雑な装飾一つ一つに巨人の思想をみる。

建築倉庫ミュージアム(東京・品川)で6月末まで開催中の展示会「ガウディをはかる」。会場に入ると、まず天井まで届きそうな巨大な塔の図面が目に飛び込んでくる。ガウディの代表作で、未完成建築として有名な教会サグラダ・ファミリアを描いた。

作者の田中は「登れるところは登り、測れるところは測って、全て手書き」と話す。スペインに渡ったのは1978年。ガウディ建築をこつこつと実測し、図面にしてきた。ガウディはあまり設計図を残さなかったため、貴重だ。田中が描きためた中から、グエル公園や邸宅カサ・バトリョなど70点以上を展示する。図面がまとまって日本で見られるのは初めて。

■まずは階段の長さ

「サグラダ・ファミリア 誕生の門 断面アイソメ」(1985年)(C)田中裕也

田中は建築家を志した学生時代、サグラダ・ファミリアのあまりに複雑な威容に衝撃を受けた。「これを描けるようにならないと一流の建築家になれないのでは」。渡欧後はグエル公園の階段に腰掛け、途方に暮れる毎日。ある日ふと、測ることでこの壮大な建築を自分なりに理解できるのではと思った。「できるところから始めよう」。座っていた階段の長さを測り、スケッチを始めた。

それから40年。「自分でもまさかこんな人生になるとは思わなかった」と苦笑する。93年前に亡くなったガウディに取り憑(つ)かれたように、仕事の合間を縫って巻き尺とスケッチブックを抱え、ひたすら測って描く。高さ90メートルの塔にはしごで登り、片手で足場の間隔を測ったり、階段を一段ずつ数えながら計測したりする。命懸けだ。

最初に部分を描き、それを組み合わせて巨大な図面に仕上げる。4回描き直し、完成まで2年かかったことも。ガウディ建築同様、気が遠くなるような作業だが、体当たりだからこそ、見えてきたものもある。

例えば、ある塔の約330段あるらせん階段。各段はほぼ同じ高さなのに、129段目だけほとんど段差がない。ずっと理由がわからなかったが、じっくり観察し、建築当時の史料を読み込むうち、もともと同じ高さだったのを後に切り崩して平らにしたと分かった。田中は「雨どいのように水を排出するため、この部分だけ低くしたのだろう」と推測する。

■装飾一つにも思想

スペイン語を習得し、ガウディの日記や評伝、研究書を読みあさる。そのうちに単なる装飾にすぎないと思っていたのが、建築に込めた思想を表す重要な部分だと考えるようになった。

その一つが、84年に世界遺産に登録されたグエル公園のシンボルであるオオトカゲ像だ。今回、実物大の模型を設置。田中は、このトカゲをギリシャ神話に登場する巨大な蛇の怪物で、都市国家デルポイを守る番人ピュトンを表していると解説する。

実際の公園はオオトカゲ像の下に、古代ギリシャ様式の石柱が立ち並ぶ市場があり、その下に雨水の貯水槽を設けている。「ギリシャ神話に取材することで、ガウディは自らの建築を地中海文化の文脈に位置づけようとした」。各装飾には、スペイン国内でも独自の文化・言語を持つカタルーニャ人のアイデンティティー、民族の誇りを示す意志があるのでは、という。

現在、田中はガウディの晩年の弟子だったジョアン・ベルゴスが残した伝記の翻訳に取り組んでいる。史料と実際の建築物を対比しつつ、装飾に込めた意味を一つ一つ説き明かしていこうと意気込む。「いつか、そうした装飾の手法を私自身が設計する建築物にも採り入れていければ」

40年前、風車に立ち向かったドン・キホーテのごとく圧倒され、はねつけられたガウディ建築。愚直に測り続けた結果、巨人に一歩近づけたのでは、と田中は考えている。

(岩本文枝)

[日本経済新聞夕刊2019年4月15日付]

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