日本ウイスキーお好きでしょ? 世界うならす作り分け
日本のウイスキーが高い評価を得ている。世界的な品評会で毎年最高賞を受け「本家の味を超えた」との声も。炭酸で割ったハイボールもすっかり定着し、この10年で需要は急回復している。うまさの秘密に迫った。
大阪と京都の境、「天下分け目の天王山」の麓。1923年に開設した日本初の蒸留所、サントリー「山崎蒸溜所」がたたずむ。万葉の歌に詠まれ、千利休が茶室を構えた名水の里だ。川の合流地で霧が発生しやすい。良質な水と湿潤な気候が世界をうならせるウイスキーを育ててきた。
2018年には香港のオークションで、超長期熟成の「山崎50年」が1本約3300万円で落札された。著名ブレンダーのサイン入りとはいえ、小売価格100万円の実に33倍。世界的な品評会では2003年以降、サントリーだけでも毎年、計100以上が金賞以上に輝いている。
国内で9人しかいないマスター・オブ・ウイスキー(ウイスキー文化研究所が認定)の資格を持つ佐々木太一さんに製造過程を案内してもらった。「様々な味わいのウイスキーを生み出すため、原酒を作り分けて幅を広げることが最も重要だ」という。
大麦を原料とするモルトウイスキーは乾燥させた麦芽(モルト)を砕いて仕込み水と混ぜた後、発酵→蒸留→熟成させる。発酵までで商品化するのがビール、発酵後1回蒸留するのが麦焼酎、2回蒸留した後で熟成させるとウイスキーになる。
山崎蒸溜所にはもろみ(発酵液)をつくる発酵槽が木製とステンレス製の2種類ある。「発酵段階で作り分けるのは世界でも珍しい」(佐々木さん)。続いて蒸留。美しい銅製の蒸留釜は初留用と再留用が8対、計16器。形状の違う釜で火を炊いて無色透明の揮発成分(ニューポット)だけを取り出すが、釜ごとに香りも味も違う。これを木樽(たる)で熟成させる。
蒸留までは4日程度だが熟成は数年から数十年かかる。樽の違う原酒を試飲してみた。主流の北米産ホワイトオーク樽はリンゴのような香り。シェリー酒を熟成させた前歴のある樽はチョコレートの香りと甘さ。最後に完成品の山崎を飲むと、品の良い華やかな香りが広がった。素人なりにバランスの良さが分かる。
「発酵、蒸留、熟成のすべての過程で作り分けし、その掛け算で個性の違う100種類以上の原酒を生み出す」(佐々木さん)多彩な製造工程は世界に類をみない。
日本が手本とするスコットランドでは、蒸留所が原酒を交換し合う文化がある。日本ではメーカー間で交換することはない。ウイスキー文化研究所の土屋守代表は「メーカーごとに独自の原酒を作り分けてきたことで、研究力や技術力が磨かれてきた」と日本独自の背景を指摘する。
スコットランドとの懸け橋になったのが山崎蒸溜所開設時の製造担当者で、ニッカウヰスキーを創業した竹鶴政孝氏。本場の留学で得た技術を記した「竹鶴ノート」は摂津酒造(当時)時代の上司だった岩井喜一郎氏に渡り、岩井氏が顧問を務めた鹿児島県の焼酎大手、本坊酒造は戦後すぐにウイスキーをつくり始めた。16年には本土最南端の「マルス津貫蒸溜所」(南さつま市)と世界遺産の島、屋久島に貯蔵庫を完成させた。
なぜ、焼酎の本場でウイスキーをつくるのか。本坊和人社長は「四季を通じ一日の寒暖差が大きく、熟成させる場所で味も香りも全く違うものになる。焼酎づくりにはないおもしろさがある」と話す。
13年には世界的な品評会で同社の「マルスモルテージ 3プラス25 28年」が世界最高賞に輝いた。同社のウイスキー輸出比率は約3割にのぼる。日本のウイスキー蒸留所は北海道から鹿児島まで20カ所以上。豊かな自然と寒暖差が世界に広がる味を育む。
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熟成の証し「天使の分け前」
木製樽の中で原酒を熟成させると量が減る。樽から少しずつ蒸発するためだ。この減った分を「天使の分け前」と呼ぶ。熟成が長いウイスキーが高価なのは減る量が多いことが一因。木の味わいと香りを染み込ませる代わりに天使に分け前を払う。これを惜しんでは良い酒はできない。
酒の熟成とは何か。3年以上熟成させる泡盛の古酒(くーす)を10分でつくる、かくはん器の開発者に取材したことがあるが、商品化はされなかったようだ。本坊和人社長は「寝かせた時間も酒の一部ですよ」とほほ笑む。こはく色の液体には時の流れというロマンも溶け込んでいる。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2019年4月13日付]
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