映画『バイス』 権力を使いこなす妖怪
難物を相手にまわした映画だ。主人公のディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)はG・W・ブッシュ政権時代の副大統領だった。そう、9.11とイラク戦争でアメリカが混乱と迷走に陥ったあの時代。
そんな時代に、チェイニーは「影の大統領」と呼ばれた。ぼそぼそと喋り、巨万の富を蓄え、法解釈をつぎつぎと変えて「権力を使いこなした」男。観客の共感はまず得られない。そんな男を主人公に選び、シリアスなドラマとコメディの融合体のような映画を撮るには、どうすればよいか。
監督のアダム・マッケイは、前作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)で、リーマン・ショックを儲(もう)けの種にした例外的な男たちの姿を描いてみせた。金の魔力と、相場師の奇怪な想像力が同時に炙(あぶ)り出された傑作だった。
だが、今回の対象はもっとややこしい。若いころはぐうたらだったのに、マクベス夫人を思わせる妻リン(エイミー・アダムス)に鞭(むち)を入れられ、権力の階段をよじ登っていく男。
通常のピカレスク・ロマンなら、主人公の上昇と転落がセットにされていることが多いのだが、チェイニーの場合は、上昇と転身が奇妙に縒(よ)り合わさって、なかなか足を踏み外さない。
そんな主人公を、マッケイは、冷酷な悪魔とも魅力的な悪党とも見なさず、政権のシステムを知り尽くした妖怪として描き出す。
ただし、弱火で煮込んで意外な人間味を引き出すのかと思いきや、マッケイはそちらへも向かわない。描き出されるのは、しぶとくて粘り強く、ヌエのように生き抜く化け物の姿だ。
つまりこれは、きわどくて勇敢なコメディだ。権力に噛(か)みつき、権力を嗤(わら)うだけでは、もはやコメディは機能しない。その先へ潜航するため、マッケイはあえて病毒の内部にキャメラを持ち込んだのではないか。2時間12分。
★★★★
(映画評論家 芝山幹郎)
[日本経済新聞夕刊2019年4月5日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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