実は豚肉と玉ねぎ 鉄鋼マン癒やした、室蘭やきとり
北海道室蘭市は、日本製鉄(前身の新日本製鉄などを含む)や日本製鋼所の工場がおよそ1世紀にわたって稼働してきた「鉄の街」だ。工場勤務でくたくたになった労働者の疲れを癒やしてきたのが室蘭やきとりだ。
室蘭では「焼き鳥」ではなく「やきとり」という表記が多い。実は室蘭やきとりは鳥ではなく豚肉を使う。豚肉と玉ネギを串焼きにして、タレと洋からしをたっぷりつけて食べるのが室蘭流。居酒屋ややきとり店の客は家族連れも多く、子供にも大人気だという。室蘭市経済部の佐藤雅人主幹は「初めて本州の居酒屋で鳥の焼き鳥をみた時は違和感がすごかった」と笑う。
なぜ豚肉を使うようになったのか。室蘭観光協会によると、昭和初期に多くの屋台で野鳥を串焼きにして食べていたが、次第に鳥肉よりも安価な豚肉に切り替わっていったという。当時は製鉄所で履く革靴を豚の皮で作っていて、豚肉が安く流通していた事情もある。また、玉ネギは北海道で多く生産され、長ネギよりも豚肉に合うことから定着していった。洋からしはおでんやトンカツにつけるものを使ったのが始まりという。
市内で最も古い店とされるのが1937年創業の鳥よしだ。昭和の雰囲気漂う外観。おそるおそる入店すると、やや薄暗い店内が豚肉と炭の匂いで満たされていた。鳥肉と比べて食べ応えがあり、地酒との相性も良い。店主の小笠原光好さん(81)は「戦後の成長期は夕方になると鉄鋼マンが街に繰り出し、それは壮観だった」と振り返る。
初めは工場で働く男性の食べ物だった室蘭やきとり。それを女性や子供にも広めたのが50年創業のやきとりの一平だ。2代目の故・石塚和義さんが喫茶店のような店内にジャズ音楽を流し、おしゃれな店づくりを進めたほか、全国のやきとり店が味を競う「やきとリンピック」の企画、実施などを通じて室蘭やきとりの知名度を高めた。
2017年に2代目が亡くなると、娘の石塚千津さん(49)がカナダ人の夫と室蘭に移住し、店を継いだ。室蘭の人口は全盛期の半分ほどまで減ったが「帰省や旅行で寄ってくれる人が多く、お客さんはむしろ増えている」(千津さん)という。
室蘭市ではこのほか、やきとり呆屋(ほうや)、やきとり岸屋も人気だ。大半のやきとり店は午後5時開店なので観光の際は注意が必要だ。
道の駅みたら室蘭は改修工事中で、13日にリニューアルオープンする予定。1階の飲食コーナーには昼間でも営業する室蘭やきとり屋がテナントで出店するという。
室蘭やきとりには豚肉以外に、ウズラの卵を殻のまま串焼きにしたものもある。やきとりの一平など一部の店で食べられる。殻のサクサクした食感と卵の風味が楽しめる。札幌市内にある男吉の勝部寧徳店長は「独特の食感で好みがハッキリ分かれる」と話す。実は室蘭のウズラの卵の北海道でのシェアは100%を誇る。クセが少なくさっぱりした食感が室蘭のウズラの卵の特徴で、プリンやアイスなどのスイーツにも利用されている。夏は涼しく、冬は雪が少なく温暖な室蘭だからこその品質だ。
(札幌支社 向野崚)
[日本経済新聞夕刊2019年4月4日付]
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