富山と世界結ぶ演劇の祭典 演出家・鈴木忠志の真骨頂
今年80歳になる演出家、鈴木忠志が本拠の富山県で国際演劇祭の陣頭に立つ。30演目を8~9月に上演するシアター・オリンピックスで「地域から世界へ」という演劇理念の集大成に挑む。
シアター・オリンピックスは1993年、ギリシャのデルフォイで創設されました。古代劇場のある演劇の聖地です。当時、冷戦が崩壊して民族紛争が激化し、欧州の文化人の間で危機感が高まっていた。演劇人の連帯が大切だとギリシャの演出家テオドロス・テルゾプロスが提唱し、私や亡くなったハイナー・ミュラー(ドイツ)、ユーリ・リュビーモフ(ロシア)、ロバート・ウィルソン(米国)たちが賛同した。95年のギリシャ以来、8カ国で開かれました。
スポーツの五輪にも文化プログラムがあるが、別の催しです。商業主義化したオリンピック・ゲームが本来の趣旨を見失っていることへの疑問から出発し、芸術家自身が企画する。
私が主宰する劇団SCOTの制作者だった斉藤郁子は演劇人の国際委員会を支えましたが、7年前に亡くなった。斉藤を記念する日本大会を開こうとの声が委員から上がり、2度目の日本開催をSCOTが本拠とする富山県で行うことが決まった。リュビーモフの後継になったロシアの演出家ヴァレリー・フォーキンも自国開催を望み、初の2カ国同時開催となりました。
私とフォーキンはプーチン大統領に会って協力を申し入れた。親指を立てて確約してくれた大統領は若き日、切符を買うため劇場に並んだ演劇愛好家で、安倍首相との共同会見でも日ロ共同開催について触れています。政治的課題を抱える両国だけに、意義のある同時開催になるでしょう。
山の自然感じる
ロシアではサンクトペテルブルクという大都市の華麗な劇場が会場となる。日本の開催地は、人口400人の南砺市利賀と黒部市。利賀には劇場が6つあるといっても、合掌造りの小劇場や野外劇場などです。いわば極大と極小。ですが、だからこそ意義がある。
ロシア側のフォーキンや関係大臣が現地にきて、ここでいいと言っているのはなぜか。演劇は舞台の内容だけにとどまる芸術ではありません。利賀にくると環境と一帯になった劇場があり、山の自然と日本の伝統を感じて過ごす豊かな時間がある。ここでは、環境そのものが作品なんです。
1970年代半ばに利賀に来て、合掌造りの古民家を友人の磯崎新の協力で劇場に改装したとき、村の人口は1400人だった。過疎化は止まりませんが、今も宿泊棟が新たにでき、施設は充実してきています。私のスズキ・トレーニング・メソッドを学ぶため、世界中から俳優がやってくる。私の弟子の米国人が中国やアジアの若者に英語で演劇を教えていますよ。
創造は地方から
東京は文化を消費するだけ、創造の拠点は地方にある。そんな考え方を支援者や行政が応援してくれて、利賀に演劇の国ができた。数年前から夏のSCOT公演を「入場料はお客さんが決めてください」としたら、かえって収入が増えた。余裕のある人に「ご随意に」と寄付をしてもらう方式にしたんです。芸術を通じた連帯が生きている利賀だから、世界演劇祭ができる。
私も今年、80歳、頑張れるのはあと5年でしょう。利賀はこのあと舞台芸術を研究し、教育から実演までを手がける「文化特区」になればいい。私の後は集団指導体制かな。国内外の演劇人たちが協力してくれるでしょう。
(談)
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場そのものが最高傑作
雪降る利賀で3月16日、シアター・オリンピックスの富山大会(吉田忠裕実行委員長)のプレ企画が催された。石井隆一富山県知事、安藤裕康国際交流基金理事長らのシンポジウムが開かれた。
初めて利賀で取材した34年前は、合掌造りの劇場と野外劇場があるばかり。今では宿泊棟や交流施設が林立する。富山や八尾から山奥へ向かう道も格段に良くなった。
東京で前衛劇団、早稲田小劇場を率いた鈴木は利賀のTを入れたSCOTに劇団を改変し、能に通じる身体鍛錬法や独創的なギリシャ悲劇で評価された。芸術家主導の劇場づくりを水戸芸術館、静岡県舞台芸術センターでも実践した。最高傑作は舞台もさることながら、利賀でデザインした「場」そのものだろう。
哲学者サルトルの「敗者の頑張り」を過疎地に生きる自らに課した。時に教祖的といわれるが、不屈の闘志こそ異能の演出家の真骨頂だ。
(編集委員 内田洋一)
[日本経済新聞夕刊2019年4月1日付]
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