問い続けたホーキング博士 「自分で考える」を大切に
池上彰の大岡山通信 若者たちへ
4月を迎えました。学校を出て社会へと旅立つ若者も多いことでしょう。5月からは元号が変わります。あなたたちは「平成最後の入社組」と呼ばれるようになるのですね。
4月に入社すると、当初は新人扱いされますが、来年以降、後輩たちが入ってくると、いずれ「先輩は平成入社なんですか」と年寄り扱いを受けるようになるでしょう。西暦ならこんなことはないですから、元号というのは不思議な働きをするものです。
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いまの時期になりますと、さまざまな学校から「入試問題として引用させていただいた」との通知が届きます。中学、高校、短大、大学など多種多様です。著作権法の例外規定で、入試問題として著作から引用する場合は、事前の許諾が必要ないからです。
それはそうですね。事前に許諾を求めたら受験生に漏れてしまうかもしれませんから。
入試問題として引用されたものには、このコラムも複数あります。ただ、「筆者が言いたいことは何か」というものではなく、「この文章を読み、これを基にあなたの考えを書きなさい」というタイプの記述式です。
こういう出題は、私としても嬉(うれ)しいですね。「自分の頭で考える」ことの大切さがわかるからです。
社会へ出ていく人たちに私が強調したいのも「自分の頭で考える」ことです。このところさまざまな大企業で検査の不正や検査結果の改竄(ざん)などが相次いで明るみに出ているからです。
こうした不正には長年続いていたものがあります。「これまでやってきたことだから」とばかり、深く考えずに惰性で続いてきたものもあるように思えます。
作業に関わっていた人たちが、「待てよ」と立ち止まって考えていれば、もっと前に判明していたものもあるはずです。
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惰性に流されてはいけない。「なぜだろう?」と常に疑問を持つことが大切です。それを改めて感じたのは、スティーヴン・ホーキング博士の遺稿集を読んだからです。
去年76歳で亡くなった理論物理学者のホーキング博士は、若くしてALS(筋萎縮性側索硬化症)を発病し、車椅子生活をしながら宇宙のブラックホールなどについての新説を次々に発表していました。
彼の生前の論文などを整理して出版された『ビッグ・クエスチョン』(NHK出版。青木薫訳)は、宇宙に関する素朴な質問に答えています。
質問に答えた本ではあるのですが、彼が幼少期からひたすら疑問を大事にしていたことがわかります。周囲に対して素朴な質問を投げかけることで、新たな気づきが生まれるのです。
ホーキング博士の葬儀で惜別の辞を読んだ友人の大学教授の言葉は心を打ちます。
「ニュートンはわれわれに答えを与えた。ホーキングはわれわれに問いを与えた。そしてホーキングの問いそのものが、数十年先にも問いを与えつづけ、ブレイクスルーを生みつづけるだろう」(同書)
アイザック・ニュートンによって、私たちは宇宙をよく理解できるようになりました。一方、ホーキング博士が次々に問いを投げかけたことで、理論が進んだのです。
願わくば、あなたも「職場のホーキング」と呼ばれる存在になりますように。
[日本経済新聞朝刊2019年3月25日付]
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