平成の「精神混迷」を書物で振り返る 閉塞の正体とは社会学者 橋爪大三郎

爆発的に普及したサイバー空間は消費や労働の実質を変えつつある=イラスト・よしおか じゅんいち

平成は、混迷の30年だった。精神の世界も同じである。人びとは課題を捉え損ね、捉えても解き損ね、解いても実行し損ねた。

昭和にはまだ目標があった。人びとは目標に向かって進む手応えに満足できた。平成元年は1989年。冷戦が終わりバブルが崩壊した。昭和の繁栄を支えてきた前提(国際環境)が崩れ去った。

加藤典洋氏の『敗戦後論』(講談社・1997年、現在はちくま学芸文庫)は、戦後の虚(うつ)ろな内側を深く抉(えぐ)って、物議を醸した。保守/革新は敗戦に背を向けるがゆえの人格分裂(ジキルとハイド)である。大岡昇平や太宰治や美濃部達吉のように、敗戦のもたらした「ねじれ」を胸に刻みなさい。無意味に斃(たお)れた300万のわが国の死者をまず悼まないと、2千万のアジアの死者を悼むことはできないはずだ、と。加藤氏の探り当てた暗黒は、平成という時代の地下洞に拡(ひろ)がっている。

出口のない閉塞

柄谷行人氏『世界史の構造』(岩波書店・2010年、現在は岩波現代文庫)は、昭和の虚妄を加藤氏と別なふうに乗り越えようとする。柄谷氏はいち早くマルクス主義の挫折と限界を見抜き、それでもなお資本主義の批判が可能だと考えた。階級闘争に換えて人類社会を、交換様式の変遷として捉える。共同体のなかの互酬(A)、国家のもとでの交換(B)、市場での交換(C)、そしてそれらを超えた交換(D)。交換様式Dは、交換様式Aを高次元で回復するものだという。マルクス主義の換骨奪胎である。資本主義の悲惨の克服を目指した左翼の夢を、理想のなかに再生しようとする。平成の資本主義は確かに、多くの人びとの人生から希望の余地を奪っているのだから。

東浩紀氏『動物化するポストモダン』(講談社現代新書・01年)は、オタク系文化や二次創作を素材に、「大きな物語」が喪(うし)なわれた人びとの現実の変容を、ポストモダンのフレームで解明する野心作だ。インターネットやスマートフォン、全地球測位システム(GPS)やSNSなど、平成の30年間で爆発的に普及したサイバー空間は、AIと結びつき、消費や労働の実質を変えつつある。非正規やパートが当たり前になり、給与も消費も伸び悩む。それに立ち向かったはずのアベノミクスも空振りだった。その出口なしの閉塞を、こんなにも早くずばりと言い当てた東氏の洞察は、世界に先駆けている。

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