医師処方のスマホ治療アプリ まず禁煙向けが実用へ
医師が薬の代わりにスマートフォン(スマホ)のアプリを処方する。近い将来、こんな光景が普通になるかもしれない。病気治療を目的としたアプリが医療機器として認められる仕組みに変わり、2020年にも第1弾の禁煙治療用アプリが実用化される。患者に助言して生活習慣の改善などを促す。不眠症などの治療にも役立つことが期待されるが、すべての患者にアプリの効果があるわけではないので、医師と相談してから使うかを決めよう。
「ガムをかみましょう」。ある昼時、禁煙に挑戦している男性のスマホ画面にこんなメッセージが届いた。助言に従いガムを1枚かむと、たばこを吸いたい欲求が収まった――。
キュア・アップ(東京・中央)が開発した禁煙治療用アプリが20年にも登場する見通しだ。患者はこれまでのように治療薬を受け取るのではなく、病院でアプリが処方され、ダウンロードして自宅に持ち帰る。
アプリの使い方はそう難しくはない。体重や服薬状況、たばこを吸いたい気持ちの強さなどを入力する。たばこへの欲求を和らげるためにその都度アプリが助言し、患者が従ううちに禁煙に導くという仕組みだ。
禁断症状を判断
治療を始めてからの日数や過去の入力内容から、禁断症状が強くなりそうな時期などをアプリが判断する。寝起きや食後などたばこを吸いたくなるタイミングに、アプリが「深呼吸をしてみましょう」などと助言し、励ましてくれる。
従来の健康支援アプリと違うのは、医師のノウハウや学術論文など医療現場の知見を基に助言するところだ。患者の生活習慣や体調に応じ、個別に助言の中身が変わる。スマホ画面の向こうに医師が常にいて助言をくれるイメージだ。考え方や生活習慣の変化を促し、ニコチンへの心理的依存から脱却させる。
「これまでの治療薬は患者の考え方や生活習慣には介入できなかった。アプリなら可能だ」。キュア・アップ社長で医師の佐竹晃太氏は話す。一般的な禁煙治療プログラムは開始半年後の禁煙継続率が約40%だが、アプリだと約60%に高められるとみている。
14年の法改正で、スマホアプリなどが「ソフトウエア医療機器」の分類で医療機器として承認を受けられるようになった。
これまでも食事や運動などを記録して生活習慣の改善を促すアプリはあったが、健康支援が目的で、治療をうたうことはできない。一方、ソフトウエア医療機器のアプリは医師が処方するため、薬や医療機器と同じように発売前に安全性や有効性を確かめる臨床試験(治験)が必要となる。
保険適用めざす
助言を通じて患者の心身に介入し、生活習慣病や依存症、鬱病といった病気の治療に効果があると期待される。既に米国では効果が認められ、実用化が進んだ。キュア・アップの禁煙治療用アプリは18年末に治験を終えた。医療機器の承認を取得し、20年春の診療報酬改定で保険が適用されることを目指している。
臨床現場でも治療用アプリに期待する声がある。循環器疾患を専門とする自治医科大学の苅尾七臣教授は「究極の個別化医療になりえる」との見方を示す。
例えば高血圧の原因は塩分の過剰摂取や不眠など患者ごとに違う。アプリで日々の健康状態が分かれば「患者の血圧上昇の要因を明らかにし、効果的に介入できる」(苅尾教授)。細かい血圧変化などから脳卒中や心筋梗塞の発症予測にもつながるとみる。苅尾教授は自ら高血圧治療用アプリの臨床研究に取り組んでおり「患者の治療に対するモチベーションが高まっている」と感触を語る。
サスメド(東京・中央)は、不眠症治療用アプリのソフトウエア医療機器の承認を見すえて治験を進めている。睡眠薬を使う従来の治療法は薬への依存やふらつきなどが起きる懸念があるが、アプリには認知行動療法のアルゴリズムを組み込んだ。就寝時間や起床時間などを細かく入力すると助言がもらえる。
不眠症の主な症状には寝付きが悪い「入眠障害」、夜中に目が覚める「中途覚醒」、早く目が覚める「早期覚醒」の3つがある。サスメドの上野太郎社長によると症状はさらに細かく分かれるが、アプリの利用で症状ごとの治療につながると期待する。
いずれ様々な治療用アプリが出る見通しだ。ただすべての病気や患者に使えるわけではない。使用を考える際は医師と相談した上で、自分に合った治療方針を決めよう。
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合併症予防にも期待 患者の見極めなど課題
アプリを使った治療は、生活改善を通じて様々な合併症の予防にもつながる可能性がある。自治医大の苅尾教授は「降圧剤に頼らずアプリで高血圧を治療することは、高脂血症や糖尿病など生活習慣病全般の対策にもつながる」とみている。
他の治療との併用もしやすい。サスメドの上野社長は「睡眠薬と、がんの痛みを和らげるオピオイド鎮痛薬は飲み合わせが悪い。仕事を続けながら治療するがん患者にアプリは有用」と話す。服薬を避けたい妊婦も使いやすい。
課題は残る。現時点ではどれくらい多くの患者に効果があるのか未知数だ。「どのような患者に効くかの見極めが大切になる」(苅尾教授)。従来の薬も効果や副作用は患者で差が出るが、アプリも患者を選ぶ可能性は大きい。高齢者などアプリの利用に慣れていない患者に、いかに抵抗感なく使ってもらえるかも課題だ。
アプリにどのような保険点数が付くかも注目だ。患者がどの程度の料金で使えるようになるかが、利用が広がるための鍵になりそうだ。
(大下淳一)
[日本経済新聞朝刊2019年3月25日付]
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