映画『サンセット』 揺れる時代、一女性の眼で
20世紀初めは、新旧世界の交替を告げるかのような混沌とした時代だった。その決定的な分岐点が第1次大戦であり、きっかけとなるのがオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻の暗殺事件。そんな時代を背景に、ブダペストの高級帽子店を舞台に、1人の女性の眼(め)を通して揺れ動く時代の息吹を描いている。
1913年、ブダペストのレイター帽子店にイリス(ユリ・ヤカブ)が求人広告を見てやってくる。この高級帽子店は彼女の亡き両親が創業した店だった。オーナーのブリル(ヴラド・イヴァノフ)は彼女の意図を訝(いぶか)り追い返すが、彼女は兄のカルマンが生きていることを知って店に戻る。
この当時、男女ともに帽子をかぶるのが身だしなみだった。翌年に暗殺されるフランツ・フェルディナント皇太子夫妻の来店シーンに見られるように、上流階級ほど高級な帽子をかぶったが、それは旧世界の風俗の象徴でもあった。
イリスは開店30周年の祝賀で忙しい店で働くことになるが、その一方で兄の消息を求めて、兄が暗殺したと噂される伯爵の未亡人を訪ね、また郊外の怪しげな集落を探るなど、市内を歩き回る。やがて彼女は兄がブリルを狙っていること、また店に裏の顔があることを知るようになる。
物語はイリスの謎解きとして展開する。実際、全篇(ぜんぺん)にわたって、カメラはほぼ彼女に密着して動き回り、彼女以外の風景は焦点をぼかす工夫がなされている。そのため、観客は彼女の行動に巻き込まれ、彼女と共に出来事を見る傾向が強くなり、彼女と一緒に謎に迫る印象が濃くなる。
ネメシュ・ラースロー監督は、前作「サウルの息子」で強制収容所を描いたハンガリー出身の気鋭。物語の謎解きばかりか登場人物の謎めいた造型など、観客の想像力に訴える演出で冴(さ)えた腕前を見せている。2時間22分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2019年3月15日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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