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私の課長時代

新薬承認、18年の努力実る 輝いて見えた審査書類 旭化成ファーマ社長 青木喜和氏(下)

2019/3/12付 日本経済新聞 朝刊

リコモジュリン創製のきっかけとなった物質を発見したエスモン博士と京都旅行をする青木社長(右)

■マネジメントの方法を模索した。

管理職になって、改めて学ぶことの大切さを実感しました。開発が遅れていた血液凝固阻害剤のリコモジュリンは社内での優先順位がどんどん下がり、人員も減らされました。チーム力を高めるためにビジネス書などを読んで学びました。

臨床試験(治験)が終わり、新薬申請の書類づくりに移りました。申請予定日が決まると販売に向けて全社が一斉に動き出します。ただ、会社から与えられた申請日までの期間は非常に短く、厳しい日程。治験期間が長引いた分、データ量は膨大になっていました。

非常に厳しい日程で頭を抱えてしまいました。自分たちでスケジュールを決めるために部下と会議室に3日間閉じこもり、部屋中に付箋を貼りながら全工程を洗い出しました。

その結果、1カ月延期すればできると判断。他部門の業務にも影響しますが、「必ず守る」と掛け合って納得してもらいました。

リーダーが目標や段取りを指示して部下に下ろすマネジメントの方法もありますが、それでは指示待ちになり、無駄が生じます。チーム全員が考えて決められる組織を目指しました。

■新薬承認を取得し、長年の努力が実った。

18年間携わってきたので承認が下りた時の感慨は相当なものです。医薬品医療機器総合機構(PMDA)から送られてくる審査書類の最後にある「この薬を承認することは差し支えない」という言葉が承認を意味します。書類を受け取った時、真っ先にこの最後のページを確認し、文字がネオンのように輝いて見えたことを覚えています。

リコモジュリンは海外では実績がなかったため、販売後も安全に使うためのデータを集めることが必要でした。投与した患者3000人分の全例調査です。その任に当たるため、営業本部に異動になりました。

血液凝固阻害剤を使うような疾病は症例が少ないことから、3000人分を集めるには10年かかると言われましたが、全国の病院を巡り、2年で集めることができました。ここで頑張った結果、今も販売を続けられているのです。

■現場との交流を大事にしている。

社長になった今でも研究者や医薬情報担当者(MR)と定期交流しています。先日も20代のMRと一緒に医師の診療が終わるのを1時間待ちました。私が一研究者だったとき課長に食ってかかったように、下から上にものを言える社風を大切にしています。

あのころ
欧米の製薬業界では1990年代後半から合従連衡が進んだ。日本国内でも買収の脅威が高まり、2000年代にはアステラス製薬や第一三共が発足するなど再編が相次いだ。一方、化学や素材が主力の旭化成はこの波には乗らず、自社単独での医薬品開発に力を注いでいた。

[日本経済新聞朝刊 2019年3月12日付]

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