美術オークション、支払いはアイデアで 作家とコラボ
アートの価値はお金で決まるのか。投機目的の売買が過熱する中、改めて芸術の価値を問い直そうと、お金以外でも落札できるオークションが2月14日、横浜で開催された。
「あなたの作品を登場させた小説を書きます」「私の母国のハンガリーでの展示を約束します」
横浜市開港記念会館で開かれた「ポスト資本主義オークション」(PCA)で、造形作家の岡崎乾二郎やメディアアーティストの真鍋大度ら5組の出品者に向けて、一般の参加者たちが「入札」としてのプレゼンテーションを行った。出品者が感心するものや苦笑いするような提案もあり、会場は熱気に包まれた。
通常のオークションは作品に対し、最高金額を提示した人が入手する。PCAでは作家自身が、売る相手や対価をその場で決める。
「お金」のほか、「理解」「機会」「交換」という3つの新たな"通貨"でも入札ができ、複数を組み合わせることも可能だ。企画した中国出身でノルウェー在住のアーティスト、ジンイ・ワンが仏の社会学者ピエール・ブルデューが提唱した「経済資本」「文化資本」「社会資本」といった概念から着想を得たという。
ろう者とさえずり
真鍋は京大の研究室との共作で、人間が鳥のさえずりを聞いた際の脳内の映像をプリントしたという作品を出品した。ろう者の会社員、小笠原新也氏(56)は「この作品で、初めて鳥のさえずりというものを理解することができた」とアピール。お金1111円と組み合わせて7人の競争を勝ち抜き、落札した。
「聴覚情報を視覚化するというコンセプトの作品に理解を示してくれたのが、聴覚情報を持たない人だったことに縁を感じた。お金だけでやっていたらこういうやりとりは起こらない」と真鍋は言う。入札者の提案で、作品からアーティストの意図しない新たな価値が見いだされた。PCAならではのケースだ。
ワンの母国、中国では急速な経済発展の影響で美術品が高騰する。「アートは特殊な現実や少数派など、陰の部分に光があたる機会を創り出すもので、全てがお金で評価されることに違和感があった。優しさや知恵、知識などお金に換算できない価値もあるのではないか」
エスト・ウェストオークションズ取締役で、司会を務めた加来水緒氏は「香港では、富裕層が宝飾品やワインと同様に、美術品にも投資する。もうかるかどうかだけが作品の尺度になっている」と言う。
死ぬまで発音
横浜に先立ち、2018年に初開催されたノルウェーでのオークションでは、紙に書かれた文字作品が出品された。会場で読み上げられた瞬間に、誰もが共有できてしまう性質の作品だ。落札者は「その紙を捨て、死ぬまで毎日15分間発音する」と宣言した。
コンセプトが重要視される現代アートでは、入札者のひらめきが既存の作品に新たな意義を与えることがある。ワンが言う「お金では計れない価値」の一例だ。
横浜では約250人が参加し、予定時間を大幅に超えるなど、盛況だった。終了後に開かれたディスカッションでは、アートコレクターの宮津大輔氏が「アーティストにも生活がある。少なくとも制作コスト分は支払う必要があるのでは」と指摘した。これにワンは「何かの結論を出そうとは思っていない。今の社会やアート市場に新しいものを見いだせれば」と応じた。
入札者への助言役を務めた美術評論家の岡部あおみ氏は「専門家ではない人が、お金に勝るいいアイデアを提示するのは難しい。従来のお金での入札は、分かりやすく簡単だ」と言う。その上で「作品と購入者をこれまでにないやり方で結んでおり、興味深い試みだ」と評している。
(梅野悠)
[日本経済新聞夕刊2019年3月12日付]
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