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池上彰の大岡山通信

3.11の記憶 後世への教訓どう伝える 池上彰の大岡山通信 若者たちへ

2019/3/11付 日本経済新聞 朝刊

巨大津波で多くの町が壊滅的な被害を受けた(2011年3月12日、宮城県気仙沼市)

また3月11日がめぐり、過ぎていきました。あの日のあの時間、自分は何をしていたか。多くの人が語れるでしょう。

あれ以来、私は毎年夏休み期間中、福島県の小中学生たちに、福島の復興の様子を広く人々に伝える工夫や努力について授業をしています。

ところが去年、福島県の先生から、小学生たちにとって、あの日の記憶はおぼろげになっているという話を聞きました。驚きましたが、考えてみると、その通りです。

たとえば小学校5年生にとって、大地震と大津波が来たのは3歳の頃のこと。記憶はないでしょう。大人たちにとっては昨日のようなことですから、いちいち子どもたちに伝えなくてもわかっているだろうと思ってしまうのですが、実際はそうではないのです。

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「子どもたちも覚えているはず」という大人たちの思い込みから、悲劇の伝承が途切れてしまう危険があるのです。

大津波が来て、高台に逃れた人たちが、苔(こけ)むして読めなくなっている石碑に、「これより下に家を建てるな」という趣旨の文章が刻まれていることに気づいた、という話がありました。

かつて大津波で被害を受けた人たちが、後世に教訓を伝えようとしたものでしたが、かないませんでした。当時の記録伝達手段は、石碑だったのです。次の世代の人たちに、地震と津波の恐ろしさを伝えていくには、どうしたらいいのか。

たとえば岩手県大船渡市の「津波伝承館」は、地震直後から津波が押し寄せるまでの一部始終を撮影した動画を公開しています。映像を見ましたが、改めてあの日の恐怖が蘇(よみがえ)ってきました。

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