映画『月夜釜合戦』 ドタバタ喜劇で描く権力
つきよのかまがっせん。変わった題名だが、なかみも変わっている。
大阪の釜ケ崎(西成・あいりん地区)。日雇い労働者のくらすドヤ街として有名なまちだ。
映画は、ここにどっぷりとつかりこみ、16ミリ・フィルムで、まちの温度とにおいを深く吸いこむ(上映も16ミリ)。
まちの空気のドキュメンタリーとしても、興味深いものがある。監督・脚本の佐藤零郎(れお)は、「阿賀に生きる」等の佐藤真に師事したドキュメンタリスト。
その濃密な空気のなかに突拍子もないフィクションが構築されていく。時代は一応、現代なのだが、ものがたりは、この土地の歴史が重層して織りなされているかのようだ。
赤いスカートの女、メイ(太田直里)は、飛田遊郭にいたが、窮屈なのでとび出した私娼(ししょう)。幼なじみの男仁吉(川瀬陽太)は泥棒。
もう一人の幼なじみ、タマオ(渋川清彦)が、20年ぶりにまいもどった。彼はやくざ釜足組の跡とり息子である。
組出入りのたいこもちが襲名に必要な盃(さかずき)となる伝家の釜を盗んだことから、大騒ぎがもちあがる。
一方で、釜足組と警察と地上げ屋の3者が手を組み釜ケ崎から労働者を追い出す策謀が進行。活動家の反対運動に仁吉や娼婦たちもくわわり、これまた大騒動。
にぎやかなドタバタ喜劇のなかに権力構造を浮き彫りにしようという野心的で冒険的な映画だ。
笑いが古くさいのと、はなしの展開がもたもたしているのが難。終盤、思想をナマに出してしまうのも生硬な感をあたえる。
元やくざの神父(デカルコ・マリィ)が、無縁墓地で唐突に踊りはじめ、服を脱いで、全身の刺青(いれずみ)とともに躍動する。メイもつられて踊り出す。このすばらしいシーンのような肉体から自発する恍惚(こうこつ)がもっとほしかった。1時間55分。
★★★
(映画評論家 宇田川幸洋)
[日本経済新聞夕刊2019年3月8日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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