映画『運び屋』 老アウトローの孤独
世界映画界の至宝、クリント・イーストウッド。すでに88歳になったが、10年ぶりにまさかの主演・監督作。87歳で麻薬の運び屋をやっていた老アウトローの実話を演じ、悠々たる映画の呼吸で、116分をたゆみなく見せる。これぞアメリカ映画の精髄である。
主人公アール(イーストウッド)は朝鮮戦争の退役軍人で、ユリ栽培の事業家だ。だが、仕事熱心のあまり家庭を顧みず、妻とは不仲、娘(アリソン・イーストウッド)は顔も合わせてくれない。そして事業に失敗したとき、メキシコの犯罪組織の手先から、車でアメリカを縦断する麻薬の運び屋の仕事を世話される。
老人が気ままに車を運転するという外見は格好の隠れ蓑(みの)となり、アールは運び屋として成功し、あぶく銭を手にして、慈善家として名をあげる。それはアールなりの妻や娘への贖罪(しょくざい)の気持ちの表現でもあった。
だが、ある麻薬取締官が大物の運び屋の存在を嗅ぎつけ、捜査に着手する。さらに、アールは犯罪組織の内部抗争に巻きこまれ…。
イーストウッドが車を転がし、アメリカの大地を旅するだけで映画のリズムが伝わってくる。そこに犯罪捜査劇のサスペンスが忍びこんで、もう画面から目が離せない。ご本人がアクション場面を演じることはないが、犯罪組織の内紛のエピソードなど、さすがの演出力が光る。しかも、イーストウッドは下ネタなども連発して、茶目(ちゃめ)っ気たっぷりの喰(く)えない爺(じじい)を自らが楽しんで演じている。
だが、実の娘のアリソンが主人公の娘を演じているように、イーストウッドの家族に対する奇妙な罪悪感がこのドラマの底流には存在している。その意味で、これは『ミリオンダラー・ベイビー』に通じる人間の根源的な孤独についての映画でもあるのだ。
老い、犯罪、家族という主題の三位一体が、見事な映画に結晶した。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2019年3月8日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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