1粒5万円も おいしく高級化するイチゴ、品種の歴史
この季節、果物売り場で主役の座を占めるイチゴ。甘酸っぱい香りに思わず足が止まる。多品種化や高級化が進み、その広がりは近年とどまることを知らない。多彩な魅力が実現した背景には、国内外を魅了する高水準の品種改良の歴史がある。
とちおとめ、福岡S6号(登録商標「あまおう」)、紅ほっぺ――。日本のイチゴ品種は100を超えており、他の果物を圧倒する。粒のまま、ジュース、加工品、スイーツと味わい方も様々だ。千疋屋総本店(東京・中央)の大島有志生常務は「人気の秘密は形と、一口サイズの大きさ、目を引く赤さ」と語る。
イチゴといえば甘さをイメージする人が多いが、元は強い酸味を持っている。現在出回る"甘い"イチゴを口にできるようになったのは、実は平成に入ってからだ。
イチゴの国内栽培が本格化したのは第2次大戦後。生産者は当初、収穫期の長期化や管理の容易さなど育成方法の技術を追求していた。1970年代にはクリスマスケーキの普及で冬の需要が増えた。
転換点は80年代。好景気でグルメブームが起き、舌が肥えた消費者が増えた。「イチゴの安定供給が実現し、品種改良の重点が味(糖度)や色、形に移った。新品種が相次いだのもこのころ」と栃木県農業試験場いちご研究所・開発研究室の大橋隆さんは話す。新しい品種の育成者を保護する種苗法の制定(78年)を受け、産地による品種登録も開始。代表的なのは「とよのか」(品種登録84年)や「女峰」(同85年)だ。
海沿いにある静岡市の久能地区。年末から5月にかけて、陸側斜面の石垣で「章姫(あきひめ)」のイチゴ狩りが楽しめる。同地区は100年以上前に石の放射熱を使ったイチゴ栽培を開始。様々な品種を育ててきた。
昭和40年代に始めたイチゴ狩りが人気を博し、甘さを求める声が高まった。「久能早生(わせ)」と「女峰」の交配がマッチし、ほのかな酸味を残しつつ甘味が強い、円すい形の「章姫」が生まれた。
偶然の産物もある。白いイチゴ「淡雪」は大粒で甘い「さがほのか」から生まれた。皮も果肉も白い。白さを持つ品種と掛け合わせることで白色を保ちつつ、イチゴ特有の味わいを受け継いだ。プレゼントとしても人気が高い。
新しい品種を生み出すのは容易ではない。交配は手作業。味に定評のある品種同士の交配によって好条件のイチゴが生まれるとは限らない。「日本人のものづくりのDNAがイチゴの多品種化につながっている」と静岡市でイチゴ狩り農園「久能屋」を経営する川島秀徳さんは話す。
最近は価格の多様化も進む。売れ筋のイチゴは1パック500円前後だが、高級イチゴも出てきた。千疋屋総本店で販売する「クイーンストロベリー」ブランドのイチゴは12粒入り8千円(税抜き)。香川県の11農家が5年以上かけて整えた、強い赤みと甘味と酸味のバランスが特徴だ。桐(きり)箱入りで、贈答品などで人気だという。
1粒5万円のイチゴも登場した。子供の握りこぶし大で重さ80グラムを超える「美人姫」は奥田農園(岐阜県羽島市)のブランド。糖度は20度以上。生産元である奥田美貴夫園長は「大粒のイチゴにつきものの空洞がなく、果肉がぎっしり詰まっている」と話す。個人の注文も多いという。
日本では現在、イチゴは一年を通して味わえるが、本来は3月末~5月上旬が旬だ。これからはイチゴ狩りが楽しい季節だ。
久能屋の川島さんによると、イチゴ狩りの起源は19世紀に遡る。一般に広がったのは昭和に入ってから。最近は米国やタイ、中国、韓国など海外からの客も増えており、インバウンド客向けの目玉にもなっている。
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練乳なしでも十分甘く
昭和時代のイチゴは糖度が10度程度で、甘み以上に酸っぱさが際だち、練乳や砂糖などで甘みを補う必要があった。現在流通するイチゴの糖度は15度。炭酸飲料と同じくらいの甘さを感じる。何も加えずに粒のまま頬張って食べるのがおすすめだ。口に運ぶ際は、ヘタ側から食べると甘さが増すともいわれるが「先端や横から、ガブリと歯応えも楽しんで」(川島さん)。
おいしいイチゴは、粒が大きくヘタが反り上がっているかどうかで見分ける。甘さを堪能するなら常温で食べるとよい。冷蔵庫で冷やすと歯応えは良くなるが、冷たいままだと舌で甘さを感じにくくなる。購入後は冷蔵庫で2~3時間冷やし、常温で10分ほど置いてから食べると、「果肉の食感と甘さを両方楽しめるのでおすすめ」という。
(佐々木聖)
[NIKKEIプラス1 2019年3月9日付]
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