食感もちっ 能登の焼きガキ、20~30個ならぺろり
石川県能登半島の東岸に位置する七尾湾。このうち最も内陸に切れ込み、湾内の能登島に守られた場所にある西湾は波がひときわ穏やか。半島から流れ込む川の水は山林の養分を多く含み、カキの養殖には絶好だ。日本海側では有数の生産地として知られる。
旬を迎える冬、能登での定番は焼きガキだ。のと鉄道七尾線の笠師保駅前にある飲食店、浜焼き能登風土で提供される焼きガキは基本的に10個単位。店主の酒井光博さん(35)は「お代わりは1個ずつでも大丈夫ですが、地元では20個、30個をぺろりと平らげますよ」という。
調理法は炭火の焼き台に金網を置き、カキを殻ごと乗せるだけ。それもいっぺんに1人あたり5、6個。真っ赤な炭火の熱さに耐えきれず、貝柱が音を上げ、殻が開くまで10分もかからない。利き腕でナイフを持ち、反対の手に軍手をはめて待つのが流儀。殻が開けば、すかさず食べる。
「味付けはいりません。そのままどうぞ」と酒井さん。口に含むと磯の香りとともに、海水に由来するほどよい塩味が広がる。焼いたことで身が適度に固くなり、もちっとした食感に。これなら20個、30個はいけそうだ。
七尾市の中心部にある飲食店、いしり亭では「ダブルカキ丼」が人気メニュー。能登カキのてんぷらと、かき揚げという2つの「カキ」を乗せているのが名前の由来だ。
カキといえばフライが代表的な調理法だが、てんぷらは珍しい。店主の森山明能さん(35)に尋ねると、「行きつけのおでんやさんで『てんぷらもおいしい』と教わった」とのこと。もともとメニューにあったかき揚げと組み合わせたのは、遊び心だ。
ダブルカキ丼はカキのてんぷらの下味と、最後にかけるあんに能登特産の魚醤(ぎょしょう)であるいしりを使っているのが特徴。いしりの風味がカキの味を引き立てる。
能登の食材に引かれて七尾市に移住し、イタリア料理店、ヴィラ・デラ・パーチェを開いた平田明珠さん(33)は「同じ西湾でも川に近い場所と離れた場所で味わいに違いがあるのが能登カキのおもしろさ」と話す。
提供するカキ料理はお客さんの求めに応じて多様。訪れた日は、のりを練り込んだ黒いショートパスタに、刻んだカキのクリームソースをからめた。のりとカキがそれぞれ持つ磯の風味をクリームが調和させたメニューだ。「オイスターソースにヒントを得て、牛肉にカキを合わせることもある」と平田さん。能登カキの味わい方はアイデア次第で奥深い。
カキは植物プランクトンを餌にして育つ。餌が豊富な能登の七尾西湾ではカキの成長が早く、通常は2~3年かかるところをわずか1年で出荷が可能になる。1年カキと呼ばれるもので、粒は小さめだが、甘みが強い。苦手な人も多いカキ特有の生臭さが少なく、肉厚で身が縮みにくいという特徴もある。一方、風味を楽しみたい人には2、3年物のカキがお薦め。自ら養殖も手掛ける能登風土の酒井さんは「年数を経るほどにうまみが増す」と話す。食べ比べも能登カキの楽しみ方だ。
(金沢支局長 沢田勝)
[日本経済新聞夕刊2019年3月7日付]
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