稲刈り、浮世絵…時代映す切手デザイン 桜の形も登場
メールや交流サイト(SNS)でのコミュニケーションが主流になった今でも、根強いファンのいる郵便切手。動植物や風景などが描かれた、小さな枠の世界は眺めるだけでも楽しい。デザインはどう決まるのだろう。
日本郵便によると、年間に生み出される新デザインは約50種類。国の行事の記念切手や季節などが主なモチーフだ。普通切手と区別して「特殊切手」と呼ばれている。
切手には専門のデザイナーがいる。話を聞こうと東京・大手町の日本郵便を訪ねた。入社5年目の楠田祐士さん(30)は8人いるデザイナーで最年少。美術大学のデザイン科在学中、募集を目にしたのがきっかけだった。
切手が世に出るには1年ほどかかる。例えば楠田さんが担当し、2018年12月に発行された「楽器シリーズ」。社内会議で第1弾はクラシック音楽で、と決まった。
テーマが決まるとデザインに入る。最も神経を使うのは「絵柄が正確かどうか」だ。楽器の色や形を忠実に再現すべく、浜松市楽器博物館に監修してもらった。持つ手の格好、演奏スタイルなどが間違いないか。「シンバルはもっと薄い」などと指摘を受け、入念に考証した。
「切手は1回に100万シートの単位で発行され、多くの人の目に触れる。間違ったものは絶対に出せない」と楠田さん。花の切手ではチェック段階で「タンポポのガクが日本の在来種と違う」と言われたことも。どんな細部でもおろそかにできない。
切手制作で重要な役割を担うのが、企画を練るプランナーだ。デザイナーとチームで働く。苅米紀子さんは楠田さんとチームになり、2月発売の「春のグリーティング」を担当した。切手の形を花や鳥、チョウにしたのは「新しい環境に羽ばたく意味を込めた」という苅米さんの案。淡い色合いで愛らしく仕上げた。
切手のデザインは時代の変化を映す。「以前は男性収集家向けの渋いデザインが多かったが、女性を意識するようになってきた」と楠田さん。郵便局を訪れる事務職女性や主婦らにアピールするためだ。デザインの参考にしようと、女性に人気の輸入雑貨店をのぞくこともある。
四角以外の形をしたシール式も増えてきた。切手の大きさや形状は国連機関の万国郵便連合が定めており、縦と横が15ミリ以上で50ミリを超えなければどんな形でも良い。ただ、四角でないと普通のシールと間違われかねないので「縁をあえてギザギザにしている」(楠田さん)という。
日本で国営の郵便制度が始まり、初の切手が誕生したのが1871年。手彫りの銅版から刷られた。双竜を描いた「竜文切手」と呼ばれる。周囲のギザギザを「目打ち」といい、日本では72年発行の切手から採用された。当時はくし状の道具で穴を開け、裏のノリをはけで塗るなどすべて手作業だった。
切手の博物館(東京・豊島)の田辺龍太学芸員に聞くと、風景や絵画的な切手が増えるのは昭和10年代ごろ。「世界でも文様から絵画的なものへと変わった」時期だ。自国の生活や文化を象徴するものが増え、日本では稲刈りや日光東照宮、鎌倉の大仏などが題材に選ばれた。戦時下では少年航空兵や戦闘機など軍国主義の影響が強く、戦後は機関車製造など産業復興に歩む日本の姿が浮かび上がる。
印刷技術とともに切手も進化してきた。多色刷りが可能になると、美しい浮世絵の切手が次々登場。1950年代後半から収集がブームになり、記念切手の発売日には郵便局に行列ができた。最近ではキラキラしたホログラムや、浮き彫りの加工を施されたタイプも目をひく。写真を持ち込んでオリジナルの切手をつくるサービスも登場した。
手元に置いて眺めたり、心に浮かんだ相手に送る手紙に貼ったり。お気に入りの切手はいろいろ楽しめそうだ。
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新元号記念の特別切手も
今年のくじ付き年賀状がまだ手元にあるなら、是非残しておこう。お年玉くじは1月に抽選があったが、4月20日に再び抽選があり、当選者には新元号を記念した特別お年玉切手=写真=が当たる。当選本数は1万本。1万シート限定で通信販売もある。
デザインには、日本画家の横山大観と洋画家の五姓田義松が富士山を描いた作品を取り入れた。特別お年玉切手の発行は、平成に改元した時にはなかった試み。生前退位によって天皇即位の期日があらかじめ分かっているため「事前に準備ができた」(日本郵便広報室)という。貴重な切手が当たるチャンスだ。
(関優子)
[NIKKEIプラス1 2019年3月2日付]
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