音楽界に30代の教授続々 日本人バイオリニスト躍進
30代の若さで国内外の音楽院や大学の「教授」を務める日本人バイオリニストの活躍が目立つ。年功序列意識が強い日本では彼らのような存在は珍しく、音楽界に刺激を与えそうだ。
オランダ有数の音楽教育機関に「教授」として学生を指導する34歳の日本人バイオリニストがいる。マーストリヒト音楽院の米元響子だ。「学生と年が近いので当初は戸惑ったが、教えることは楽しい」と語る。
福岡県生まれの米元は幼少時から才能を見いだされ、13歳でイタリア・パガニーニ国際バイオリンコンクールに入賞。10代で海外に渡った。日本ではあまり知られていないが、欧州では評価が高く、フランスやベルギーでも学んだ。
理想の音探す
そんな米元が同音楽院の教員に就任したのは2012年。「教授としての活動は理想の音探し。自分の演奏力向上につながる」ことに加え、思いがけない成果も得た。17年、教え子から「ベルギーを代表する作曲家、イザイの未発表の楽譜が同国の図書館にある」と連絡があった。
マーストリヒトからベルギーは国境を挟んで目と鼻の先。自ら原典を確認したところ、未完のバイオリン・ソナタだった。この作品は、3月にも発表されるイザイをテーマにしたアルバムに収録する。「これからも教えることと演奏することをうまく両立したい」と米元。3月2日、浜離宮朝日ホール(東京)での公演では思い入れのあるイザイの無伴奏バイオリン・ソナタなどを演奏する。
オランダには、米元のほかにもう一人若き教授バイオリニストがいる。アムステルダム音楽院の佐藤俊介(34)だ。佐藤は13年に同音楽院の教授に就任。古楽科で作曲家が曲を書いた当時の楽器(ピリオド楽器)で音楽を表現する古楽奏法を教える。
海外で研さん
佐藤も米国、フランス、ドイツなど海外で研さんを積んだ。古楽というと古臭いイメージがあるが、「今はピリオド楽器と呼ぶが、その楽器は当時でいえば最新鋭楽器。作曲家が新たな楽器をどう活用しようとしたのかを考えることに意味がある。この発想は現代にも通じる」という。
欧州では現在、ピリオド楽器を使った古楽オーケストラが流行中だ。フランス人指揮者のフランソワ=グザヴィエ・ロトが率いる楽団「レ・シエクル」など複数の楽団が従来型オーケストラをしのぐ人気を集める。そのため、「音楽院で古学を学びたい学生が増え、教える側として手応えを感じる」と佐藤は話す。
オランダを代表する古楽オーケストラ「オランダ・バッハ協会」の芸術監督も佐藤は昨年から務める。同協会は今年9~10月、日本ツアーも予定。「教授の仕事をしていると、自分の考えを言葉で表現できる。その成果をバッハ協会の演奏でも発揮したい」と佐藤は言う。
欧米の教育機関は年功序列色が強い日本とは異なり、実力があれば年齢は問わず、教授に就くことも可能だ。しかし、言葉や文化の壁もある西洋音楽の世界で、日本人が20~30代の若さで教授に就くのは珍しい。音楽評論家の渡辺和彦氏は「本当に実力がある日本人が出てきた」と評価する。
日本の音楽大学は今も徒弟制的な風土が残り、教授の直弟子が後任として教授に就くことが多い。「海外で実績を残したバイオリニストでも、日本で教員になろうとすれば現教授の後押しが必要」(渡辺氏)で、なかなか若手の教授は生まれなかった。
そんな中、昨年4月に桐朋学園大学院大学(富山校)の教授に就任したのが、バイオリニストの川久保賜紀(39)だ。川久保はロシア・チャイコフスキーコンクールで最高位となるなど実力は日本でも指折りだ。3月11日、ピアニストの小菅優と組んでブラームスのバイオリン・ソナタの全曲演奏会を開くなど、奏者として円熟期にある。
米国で生まれ育ち、ドイツで学んだ川久保の才能と実績に桐朋が白羽の矢を立てた格好だ。同校で川久保は通常の指導の傍ら教え子とのコンサートを開くなど、若い教授らしい一面を見せる。
「若い頃は技術中心だったが、今は作曲家の内面の探求に興味がある」と川久保。現在進行形で表現の幅を広げる気鋭の奏者の指導は、若い学生の成長に一役買いそうだ。
(岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2019年2月18日付]
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