現代に甦るファシズムの恐怖 極右の台頭映す欧州映画
極右テロの恐怖をリアルに描いたり、ファシズムが現代に甦ったり。排外主義の高まりと極右の台頭を色濃く反映したヨーロッパ映画が相次いで公開される。悪夢はもはや昔話ではない。
緑滴るキャンプ場で歓談する若者たち。首都の爆発事件が伝わるが、緊迫感は薄い。心配する母親からの電話に女子学生は「この島は世界一安全よ」と答える。そこに突然銃声が響く。
走ってきた若者が「逃げろ!」と叫ぶ。何が起きているかわからぬまま、建物へ、森へ。姿の見えぬ犯人におびえ、身を隠し、逃げ惑い、パニックとなる……。
ノルウェー映画「ウトヤ島、7月22日」(3月8日公開)は2011年に同国で起きた連続テロ事件を描く。8人が死んだオスロの爆弾テロに続き、約40キロ離れた小島で銃が乱射され、労働党青年部のキャンプに参加していた10~20代の若者ら69人が殺害された。犯人は政府の移民受け入れに反対する極右の男だった。
恐怖の時間を追体験
ウトヤ島での銃乱射は72分にわたって続いたが、映画はそれを事件発生直前も含めた93分のワンカットで見せる。妹を捜し、取り乱し、仲間を助け……。主人公の女子学生の行動は架空のものだが、若者らが味わった恐怖の時間はそのまま再現。観客は不条理な暴力の怖さを追体験する。
監督は「ヒトラーに屈しなかった国王」(16年)のエリック・ポッペ。「あの時あの島で若者たちが感じたことを再現したかった」。取材した40人を超す生存者の多くが「72分間は永遠に思えた」と語った。その「時間」を表現するためにワンカット撮影に挑んだ。
「極右の過激思想は今も広がっている。背景には欧州経済の逼迫がある。1930年代に驚くほどの速さで極右が台頭したのも、裏に経済問題があった」とポッペ。「欧州は解決策を見いだせないでいる。映画も解を出すことはできない。ただ問題を提起し、考え、対話するきっかけを与えることはできる」と語った。
ドイツのロベルト・シュヴェンケ監督の「ちいさな独裁者」(8日公開)は、第2次大戦末期のドイツ軍脱走兵の実話に基づく。命からがら部隊から逃げた兵士が、将校の制服を拾ったことで一変。将校になりすまし、出会った兵士たちを配下に収める。ヒトラーの特命と偽り、収容所で脱走兵を大量に処刑する。町を占拠し、市民を虐殺する。
全体主義の被害者だった凡庸な兵士が、権威を手にしたことで、おぞましい加害者となる。万人の心に潜む「内なるファシズム」だ。
現代に甦ったナチスの亡霊
恐ろしいのは物語が終わった後のエンドロールの映像。乱暴狼藉(ろうぜき)を尽くす主人公の一団が、21世紀の今日の都市に乱入するのだ。あたかも甦ったナチスの亡霊のように。シュヴェンケ監督は「第三帝国の住民は心理学的に言えば、他の時代の他の社会の人々と同じように正常だった。彼らは私たちだ。私たちは彼らだ。過去は現在なのだ」と書く。
ドイツのクリスティアン・ペッツォルト監督「未来を乗り換えた男」(公開中)は、ドイツ軍に占領されたパリからマルセイユに逃れ、メキシコ行きの船を待つ亡命ドイツ人青年の物語。ドイツの作家アンナ・ゼーガースが42年に亡命先のマルセイユで執筆した小説「トランジット」が原作だが、映画は大胆にも時代を現代に置き換えた。
筋立ては原作を踏襲しながら、街並みも服装も今のもの。ファシズムの恐怖と亡命者の魂が現代性をもって甦る。ペッツォルト監督は公式インタビューで「世界中に難民がいて、僕らはナショナリズムが再台頭するヨーロッパに住んでいる。だから歴史映画製作という安全地帯に立ち戻りたくなかった」と語っている。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2019年2月5日付]
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