1冊から注文OK PODで絶版学術書も手軽に再刊
本の注文を1冊から受け付ける「プリント・オン・デマンド(POD)」が学術書の分野で広まっている。事実上の絶版本が増えるなか、少部数の需要にも対応できるのが魅力だ。
パソコン画面をクリックするとすぐに1台の印刷機が音を立てて動き出す。印刷、裁断、糊(のり)付け……。作業を重ねること約10分、本が1冊出来上がった。
単行本サイズで文字大きく
印刷物流会社のニューブックは埼玉県所沢市にPOD専用の印刷所を持つ。同人誌や企業の広報誌など1冊単位で顧客の注文を受け付けてきた。年間で約7万冊を刊行する。約100平方メートルの建物に5台の印刷機があり、常時4~5人の従業員が各工程を受け持つ。
ニューブックが昨年11月からPODを請け負っているのは出版大手、講談社の「講談社学術文庫」だ。同シリーズは1976年の創刊以来、古典を中心に単行本の再刊や学術書の書き下ろしなどこれまで2500点以上を刊行してきた。POD版の初期のラインアップは約600点。当面はウェブサイトでのみ注文を受け付ける。タイトル数は今後増やしていく方針だ。
POD版は通常の文庫サイズではなく、単行本と同じ四六判にした。版面は約1.2倍になり、これに併せて文字も大きくなった。同社学芸部の園部雅一氏は「学術書の読者には高齢者が多く、もっと大きな文字で読みたいという要望が以前からあった」と話す。
最新の糊を使うことで伸縮性を高め、厚い本でも開きやすくした。注文は1冊単位なので送料を含めて価格は2倍近くなるが、「ハードカバーに匹敵する内容なので納得してもらいやすい」(園部氏)という。
出版社は通常、数千部単位の需要が見込めなければ重版はしない。大部数の印刷を前提にしたオフセット印刷は単価を抑えるため、まとまった部数を刷らなければならず、学術書は「事実上の絶版」となることが少なくなかった。一方で学術書は「学者や研究者にとっては必要なロングテール商品」(講談社の土井秀倫氏)という面もあり、PODは限られた需要にも応えやすい。
学術書専門の出版社でもPODは浸透しつつある。その一つが吉川弘文館だ。PODを始めたのは2006年で、当初の刊行数は年10点前後だった。徐々に態勢を整え、17年からは100点以上を毎年刊行する。
書店が独自にPOD版も
一般向けの教養書「歴史文化ライブラリー」シリーズや研究者向けの論文、「鎌倉幕府裁許状集」といった資料集など同社が手掛ける書籍は幅広い。ただ、論文や資料集は発行部数が少なく、刊行年が古くなると事実上の絶版となる作品がほとんどだ。同社では保管する原本を裁断し、1枚ずつスキャンしてデータ化し、PODに対応する。
研究者からの注文が目立つことから、営業部の春山晃宏氏は「研究者向けの営業活動では、最近の研究動向などを踏まえ、どういう書籍の復刊が求められているか要望を伺うようにしている」と話す。POD版は大学や研究機関、図書館の蔵書リストに欠けがあった場合にも対応しやすい。
出版社と連携して独自にPOD版を提供する書店も現れた。三省堂書店神保町本店だ。建物の一室に専用の印刷機を設置。平凡社の「東洋文庫」シリーズや、日本の語学や文学を専門とする笠間書院の書籍など学術書のラインアップも豊富だ。同店では注文から最短30分でPOD版の本が読者の手にわたる。
アマゾンは電子書籍が出始めた10年から日本でもPODのサービスを手掛ける。人文・社会系の学術書に強い岩波書店や青土社などの書籍にも対応する。
PODが広まる背景には印刷技術の向上がある。コストも安く抑えられるようになった。PODに詳しい井芹昌信氏(日本電子出版協会理事)は「日本では品質が低いイメージを長く持たれていたが、今は払拭された。流通を含め、PODをダイナミックに捉え直す時期が来たのではないか」と話す。
(村上由樹)
[日本経済新聞夕刊2019年2月4日付]
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