認知症の人も農園やカフェに 町ぐるみで意欲引き出す
認知症の最前線(下)
高齢化の進展に伴って増え続ける認知症の人を地域で支える取り組みが各地で進んでいる。認知症の人と家族らが集う「認知症カフェ」が増え、町ぐるみで支援するネットワークを組織する自治体も。認知症の人を「ケアされる対象」ではなく、「地域で共に生きる生活者」ととらえ、地域への貢献を通じてやりがいや意欲を引き出す取り組みが続いている。
昨年11月下旬、厳しい冷え込みの中、京都府宇治市の農園「京野菜いのうち」に長靴、軍手姿の約20人の男女が集まった。農園主の井内徹さん(36)の掛け声で、ビニールハウスに入り、参加者らは小カブを引き抜いていく。収穫した伊藤俊彦さん(75)は「収穫体験には4年前から参加している。いい運動になる」と額の汗をぬぐう。
収穫作業には認知症の人と家族のほか、市民ボランティアが参加。いのうち農園では毎年7月に地元の伝統野菜、万願寺トウガラシを収穫する活動も続けている。5月には市内の茶園で宇治茶の茶摘みをする。参加者には賃金が支払われ、就労の場づくりの意味合いもある。
宇治市は2015年に「認知症の人にやさしいまち・うじ」を宣言。商店や銀行、農園、タクシー会社など計42事業所が参加し、認知症の人の生活全てにわたってバックアップする「宇治市認知症アクションアライアンス(通称・れもねいど)」を設立。井内さんの農園も加盟している。
同市の認知症対策は早く、13年に「初期認知症総合相談支援事業」をスタート。市内6カ所に認知症カフェを設けたほか、医療・福祉職による2つの認知症初期集中支援チームがカフェと連動して認知症の早期発見・早期治療に結びつけている。事業の委託を受けている宇治市福祉サービス公社の事務局次長、川北雄一郎さん(49)は「初期認知症の人はサポートすれば生活できる」と語る。
町ぐるみの取り組みは神奈川県鎌倉市北部の住宅地、今泉台でもみられる。16年に開所した介護事業所「ワーキングデイわかば」は、認知症の高齢者らが自治会の求めに応じて公園の清掃や花壇の手入れなどをしている。体が動かなくなった高齢者に代わって庭の草刈りや枝切りをすることもある。
作業に参加している東照子さん(87)は「一人暮らしで以前は家に引きこもっていたが、身支度をしてここに来て、作業をすることで生活に張りができた」と話す。施設の管理者、稲田秀樹さん(57)は「地域の役に立っていると実感することが、やりがいにつながっている」と強調する。
東さんはお金の計算ができないため灯油を買えず冬でも暖房なしで暮らしていたが、「わかば」に通うようになって認知機能が改善し、今では生活用品などを生協を通じて注文できるようになったという。
「初期認知症の人は社会の中で役割を持つことによって生きる意欲が高まり、結果的に自立した生活に結びつくのではないか」。稲田さんはこう語る。超高齢社会を迎えて深刻化する認知症と向き合うヒントになるかもしれない。
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「カフェ」で市民と交流 課題への対応 官民連携カギ
認知症の人と家族が集まり、医療・介護の専門職や市民を交えて交流する「認知症カフェ」も広がっている。認知症カフェはオランダや英国など海外で始まり、日本には2000年ごろ登場した。厚生労働省が認知症の人が住み慣れた地域で自分らしく暮らすことを目指す「新オレンジプラン」で20年度までに全市町村で普及することを掲げ、17年度までに全国で約5800カ所に増えた。
北海道苫小牧市は人口約17万人の市内に11カ所の認知症カフェがあり、計約300人が通っている。行政が医療法人や社会福祉法人に委託し、補助金を出して運営しているのが特徴だ。
その一つ、17年にコミュニティーセンターの集会室を会場にして始まった「ほっとカフェはぁ~と店」では月に1回、認知症の高齢者など二十数人の男女がテーブルを囲む。茶菓を口に運びながら世間話をするほか、健康講話を聞いたり市民ボランティアによる紙芝居を楽しんだりして2時間ほどを過ごす。
認知症で要介護5と認定されている妻と一緒に暮らす渡辺憲二さん(81)は「ここではたくさん話せて気が晴れる」とほほ笑む。
増え続ける認知症カフェには課題も少なくない。「認知症介護研究・研修仙台センター」が16年に約2700カ所のカフェを対象に行った調査では、(1)認知症の人が集まらない(2)継続に不安がある(3)プログラムや内容で困っている(4)スタッフが集まらない(5)資金に不安がある――など運営上の問題点が浮かび上がった。
苫小牧のカフェを調査した星槎道都大学(北海道北広島市)の上原正希教授は「マンネリ化して参加者が減るカフェもある中、苫小牧市は官民が知恵を絞ってメニューを工夫し人を集めている」と評価している。
(編集委員 木村彰)
[日本経済新聞朝刊2019年2月4日付]
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