芥川も愛した幻想・怪奇小説 翻訳でのぞく深遠な世界
海外の幻想・怪奇小説の紹介が相次ぐ。文豪・芥川龍之介が選んだ英米作品や4~19世紀の中国作品など、古今東西の小説が新訳されている。不思議な世界への関心は万国共通のようだ。
「学生時代に英文学者を志していた芥川は、作家になってから、旧制高校生向けの英語読本として英米の短編集を編んだ。芥川の怪談趣味を反映して、怪奇・幻想小説が多数含まれている。この魅力的なアンソロジーを現代の読者に紹介したいと考えました」
昨年11月刊行の「芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚(たん)」(岩波書店)の編訳者の一人、澤西祐典氏はそう話す。2011年に「フラミンゴの村」でデビューした作家である一方、別府大学講師として芥川の研究にも取り組んでいる。
全51編のうちから20編を選び、解説を加えた。エドガー・アラン・ポー、R・L・スティーブンソンら著名作家から、ブランダー・マシューズのユーモアに満ちた怪談「張りあう幽霊」のような本邦初訳と思われる作家の作品も収めた。
「今読んでも面白い作品とともに芥川研究の上で欠かせないものを選んだ」という。アンブローズ・ビアスの「月明かりの道」は芥川の「藪(やぶ)の中」の下敷きとなった。もう一人の編訳者である柴田元幸氏をはじめ、岸本佐知子氏、都甲幸治氏、若島正氏ら訳者の顔ぶれも豪華だ。
気晴らしの文学の面白さ
中国の不思議な話を紹介する「中国奇想小説集」(平凡社)も昨年11月に出版された。幽霊を人間がだます「おんぶ幽霊」(原題は「宗定伯」)など六朝時代(3~6世紀)から、高級官僚が異界に入り込む「欲望の悪夢」(同「反黄粱」)など清代(17~20世紀)までの作品26編を収める。
編訳者である国際日本文化研究センター名誉教授(中国文学)の井波律子氏は「中国の文人たちは、ままならない現実に嫌気がさしたとき、奇想小説を書いたり読んだりした。それもあってか、現実の人間世界と地続きの異界や異類を描いた作品が多いように感じられます」と話す。そのうえで「『気晴らしの文学』の面白さを感じてもらえればうれしい」と期待する。
現代作家の幻想小説も翻訳されている。昨年12月発売の「言葉人形」(東京創元社)は、世界幻想文学大賞を受賞した「白い果実」で知られる米国の作家ジェフリー・フォード氏の短編集。5冊の既刊短編集の80編近い作品から13編を選んだ。ある悲劇によって廃れた奇妙な習慣を描いた表題作、光を操る男を記者が訪ねる「光の巨匠」など、イメージ豊かな幻想世界が展開する。
「フォード作品の翻訳がこのところ途切れていたこともあり、今回初めての短編集を出せたことは大きな喜びでした。日常離れした話なのに、生きていることが生々しく感じられる。そんな他の作家が書かないような作品ばかりを集めた」と編訳者の谷垣暁美氏は自信を見せる。
不透明な社会あぶり出す
現地アルゼンチンで「ホラーのプリンセス」の異名をとる作家、マリアーナ・エンリケス氏の短編集「わたしたちが火の中で失(な)くしたもの」(河出書房新社)も昨年8月に出版された。スペインでの刊行を機に注目され、20カ国以上で翻訳されているという話題の書だ。自らを燃やす女性たちが連鎖する表題作、薬物中毒の母親と暮らす男児を描いた「汚い子」など12編で構成する。
「ホラーの手法を通じてアルゼンチン社会をあぶり出している。ドメスティックバイオレンスやストリートチルドレン、ドラッグといった問題に目を向けさせるには、恐怖が有効な手段だからでしょう」。訳者である摂南大学名誉教授(ラテンアメリカ文学)の安藤哲行氏はそう指摘する。
幻想小説やホラーが国境や時代を超えて愛される背景には、社会の生きづらさや不透明感があるのかもしれない。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2019年1月29日付]
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