猟師雇いジビエ焼き肉おいしく 臭みなし、火加減絶妙
年間約48億円――。これは2017年度のイノシシによる農作物の被害金額だ。今年の干支(えと)イノシシは、害獣として生産者から嫌われる一方で、ジビエとして注目を浴びている。
害獣駆除とおいしいジビエ料理を両立するため、猟師を社員にして鳥獣の処理場まで設置した飲食店がある。このコラムで以前、ドリンク完全セルフ立ち飲み「ぼてふり」で紹介した飲食店グループ、夢屋(東京・渋谷)がそれだ。
夢屋は12年にジビエ肉を七輪で焼いて食べる「罠」を東京・八丁堀に開業し、成功。神田など都内に8店舗を構える。長野や川崎、広島でもライセンス店を展開する。「ジビエ=高級洋食」という構図を、庶民的な酒のつまみに変貌させた。
一般的にジビエというと、「臭い、硬い」とネガティブな印象を持つ人も多い。それは処理と流通に問題があった場合で、正しく処理したジビエ肉は臭みはなく、内臓までおいしい。捕獲後の処理で味と臭いは大きく変わる。1時間以内に血抜きをして内臓を取り出せば、臭みは残らない。血抜きをせず、放置すると臭いが強くなる。
夢屋では独自でジビエ肉を取り扱うガイドラインを作成し、全国の猟師・食肉加工場とつながった協業関係を築いてきた。いわば正しい処理ができる猟師と契約し、品質と供給の安定化を図ったのだ。
夢屋は、より一層の品質の向上と安定的に調達するために、直営で処理施設を運営することを決めた。猟師でもある江口政継さんを社員として雇い、18年に長崎県波佐見町に処理場を取得。さらに19年1月には福岡県の糸島に最新設備を整えた処理場を設置した。
糸島の処理場は年間1000頭を超える処理能力を持ち、近隣の処理場とも連携した。同じ場所に直売所を併設することで、一般客へのジビエ肉の販売も手掛けている。
一方、ジビエ焼き肉の「罠」業態も進化している。従来店はお客が焼く七輪焼き肉スタイルだったが、それだとどうしても「本当においしいジビエ肉の状態で食べてもらえない」と考えた。そこで焼きの技術に優れたスタッフ「焼き方師」が焼いてから提供する「焼ジビエ 罠 手止メ」を開発。1号店として東京・新橋に開業した。さらに18年8月には渋谷に「焼ジビエ 罠 手止メ 宮益坂店」をオープンした。
筆者はどちらの店も利用したが、やはりスタッフが頃合いを見ながら焼き上げる手止メの方が、火加減が絶妙で柔らかく数段おいしかった。初めて焼きジビエを食べるなら、こちらがオススメだ。
同店はカウンター12席、テーブル8席で、広さは約26平方メートルで月商320万円と手堅い。罠業態では、すべてが野生鳥獣ではなく、キジやイノブタなど養殖品種も扱っている。野生鳥獣はイノシシのほかにニホンジカ、エゾジカなどが多い。運が良ければ、ツキノワグマやヒグマ、アナグマなどもメニューに並ぶ。
夢屋は糸島の処理場の稼働率を上げるために、猟師を募集している。並行して、飲食店向けのジビエ肉の販売もする予定だ。
(フードジャーナリスト 鈴木桂水)
フードジャーナリスト・食材プロデューサー。美味しいお店から繁盛店まで、飲食業界を幅広く取材。"美味しい料理のその前"が知りたくて、一次生産者へ興味が尽きず産地巡りの日々。取材で出会った産品の販路アドバイスも行う。
[日経MJ 2019年1月18日付]
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