刺し身もイケる信州大王イワナ 海なし長野の新名物
「山国の信州の旅館で出す料理が解凍したマグロ?」と疑問を抱く県外客は多い。そこで、長野県水産試験場は地場の養殖魚の開発に力を入れてきた。ニジマスとブラウントラウトをかけて15年ほど前に創り出した信州サーモンは今や大人気。大型新人として2年前にデビューさせたのが信州大王イワナだ。
渓流に生息し警戒心が強いイワナはかつては幻の魚と呼ばれた。通常は産卵で痩せてしまうが、大王イワナは性転換オスの精子で受精させた卵を加温処理し、すべてがメスの「三倍体」。成熟も産卵もせず3年で1キログラム以上に育ち、1~2キログラムで出荷される。高タンパクで低脂質、低カロリーなのが特徴だ。
日本料理ゆ庵(長野市)では昆布じめがお薦め。塩と酒に浸した昆布で大王イワナの刺し身をしめて出す。口にすると厚い身からうまみが口に広がり、甘みも感じられる。焼き物は酒と塩に浸した後、片側だけ軽く焼く。川魚らしい繊細な白身が楽しめる。なめろうや、すしネタにも向いているという。
店主の湯本忠仁さん(73)は「川魚なのに臭みが少なく、2キロ近い大きなものはこくのある脂がのる。5ミリ程度に厚く切ることで、大王の魅力が引き立つ」と語る。
長野県小布施町の寄り付き料理蔵部は2018年4月の開店時から釜で炊く大王イワナの炊き込みご飯を売り物にしている。大王の骨でだしを取り、生の身を釜のご飯の上にのせて野生種エノキやショウガと一緒に店内のかまどで一気に炊き上げる。ふっくらした肉厚の身がぜいたく。大王なのに大味でなく繊細だ。
しょうゆベースのソースでフライパンで焼いたソテーにはミツバと大葉が刻んであり皮もぱりぱりしている。「大王イワナは脂が多いのにさっぱりしている。肉厚で頭は小さく使える部分が多い。骨は焼くといいだしになる」と料理長の礒野正人さん(44)。
軽井沢町のオーベルジュ、ハウス・オブ・軽井沢ではフレンチで楽しめる。最初の一皿は大王イワナのポワレ。サトイモをピューレ状にし大王イワナをくるんで蒸したフリットも添えてある。カブのピューレや蒸して揚げたケールを合わせると味が一層引き立つ。もう一皿は皮の側だけバターで焼いた大王。野尻湖のスジエビのソースでいただく。肉厚で食べ応えは十分だ。
近隣から仕入れる無農薬野菜とのハーモニーも素晴らしい。「淡泊であっさりにも、味を重ねてしっかりにも向く工夫ができる素材」とオーナーシェフの前田創さん(45)。将来性は十分とみる。
大王イワナの出荷は16年度1.4トン、17年度が6トン。約400トンの信州サーモンと比べると、まだこれからの存在だ。ゆ庵の湯本店主は長野県調理師会会長として同会でレシピの開発に力を入れてきた。「海なし県の信州で県外客をもてなすには、冷凍マグロなどより地のものがふさわしい」と話す。長野県養殖漁業協同組合では京都の料亭や首都圏のホテル、フレンチ・イタリアンレストランなど県外への出荷が多いという。東京の豊洲市場では1キロ2000円以上と高いが、素材の良さで売れている。
(長野支局長 宮内禎一)
[日本経済新聞夕刊2019年1月10日付]
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