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私の課長時代

評価低いと不満の職人集団、データ示して燃えさせる NTT社長 澤田純氏(上)

2019/1/8付 日本経済新聞 朝刊

記者会見するNTTの澤田純社長

■NTTの澤田純社長(63)は同社が民営化した1985年に宝塚電報電話局に転勤した。

29歳のとき、線路宅内課の課長として赴任しました。線路(ケーブル)や住居内の設備の建設・保守・運用が主な業務でした。

夜間にどこかで不具合があれば、呼び出されるのは管理職の私でした。1カ月のうち10日ほどは呼び出しがあります。夜中も正月も関係ありません。ポケベルが鳴るのが本当に嫌でした。民営化したばかりのころで、「民営化したんだからちゃんとやれ」というクレームもしばしばでした。

■線路宅内課は35人。大半が年上だった。

さわだ・じゅん 1978年京大工卒、日本電信電話公社(現NTT)入社。14年NTT副社長。18年から現職。大阪府出身

「何も口を挟まなかったら、言うことを聞いてやる」。初日にこんなことを言われました。自分たちは腕は良いのに認められない、そんな不満があったようでした。

今、携帯電話本体の料金と通信費の線引きが問題となっていますが、当時も固定電話で同様の動きがありました。それまで一緒だったネットワークと電話機の会計を分けるという議論です。そのために、電柱を何本立てた、ケーブルや故障修理を何件処理したというデータを集めることになりました。データが集まると、結果的に自分たちの仕事ぶりと全社平均の比較ができるようになったのです。

「君たちは腕が良いと言うけど、データでは全国平均の半分以下だ」。こう言うとがぜん燃えて、どんどん工事をこなしてくれるようになったのです。データの大切さを実感しました。8人いた主任と課長の主任会議を新設したところ、責任感も増したのです。

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