バブル当時も実は清貧? 村上隆が読み解く現代美術
バブル時代の日本の現代美術を「バブルラップ」と名付けた展覧会が開催中だ。監修は美術家の村上隆。安くて機能的な気泡緩衝材が清貧を良しとする日本人の美意識に通じるという。
熊本市現代美術館で開催中の展覧会「バブルラップ」(3月3日まで)。ピンクと青の派手なネオンが点滅する入り口をくぐると、照明を浴びて輝くアルミニウムの女性像に出迎えられる。1980年代から人気を集めるイラストレーター、空山基の「Sexy Robot_Walking」だ。バブル時代の日本の雰囲気を演出する。
空白期の80年代
本展は美術家の村上隆が80年代を中心に戦後日本の現代美術を捉え直そうとした試みだ。自身を含め、アニメやゲームの影響を受けて90年代に登場した美術家を「スーパーフラット(超平面)」と名付けて発信し、一躍海外で人気を集めた村上。一方で日本の美術運動は60年代末から70年代の「もの派」以降、スーパーフラットまでの間は呼び名がない。ちょうどバブル経済時代に当たる、この空白期を村上は今回「バブルラップ」と名付けた。
バブルラップとは、陶芸品や骨董品を包む時に使われる気泡緩衝材だ。何でも包めて、安価なプラスチックシート。身近な存在だが、最近ではウレタン材や紙など代替品も登場して存在感が薄れている。そして、ちょっと力を込めればプチンと割れる気泡のもろさ……。村上が抱くバブルラップのイメージが、当時の美術にうまく重なるという。
具体的に見ていこう。本展の前半には、篠山紀信や荒木経惟、森村泰昌、大竹伸朗ら80年代に注目を集めた写真家や美術家の作品が並ぶ。中でも村上が着目するのが日比野克彦だ。段ボールを使った代表作「GRAND PIANO」「BIKE」などが出展されている。
「バブル期の美術を語る上で欠かせないのがセゾングループの存在。音楽、演劇、現代美術まであらゆる芸術にお金をばらまき、文化の底辺を作った。バブル時代を象徴するセゾングループが、最もお金がある時期に選んだアーティストが日比野だった」(村上)。その日比野が安価な段ボールを使ったことを「経済が頂点の時ですら、日本の美術家も大衆も実は貧乏人根性があった」と考察する。
確かに日本人は質実剛健で、無駄をそぎ落とした機能的なものに美を感じてきた。特に日用品の中に「用の美」を見いだした、柳宗悦の民芸運動の影響は今も根強い。民芸運動の流れをくみ、人里離れた田舎に工房を構え、実用的で低価格な陶芸品などを制作する「生活工芸」の動きを村上はバブル期にも脈々と続いていた日本美術の潮流ととらえる。そこで本展の後半には約2000点もの陶芸や骨董品を並べた。
大半は村上が買い集めた。信楽焼で有名な滋賀県甲賀市に工房を持つ「大谷工作室」が制作した涅槃(ねはん)仏のようなオブジェや、美術家・奈良美智の作品など、一見かわいらしい陶芸品もある。だが、多くは土の風合いを残した、素朴でシンプルな皿や器だ。東日本大震災後の混沌をイメージした展示室に所狭しと陳列する。
日本人の美意識
村上はおよそ10年前から陶芸や骨董品の収集を始めた。指南役として、東京都新宿区にある「古道具坂田」をしばしば訪ねた。展覧会の最後を締めくくるのは、この古道具坂田を再現したインスタレーションだ。壁には店主・坂田和實からもらったという使い古しのコーヒーフィルターやくたびれた雑巾がかかる。
「こんな使い古しの美なんて、欧米人には絶対分からないでしょう?」と村上。「僕は良くないと思うけど、日本人の底にはいつの時代にも清貧を良しとする美意識がある。その美意識をバブルラップという言葉で海外にも伝えられたら」と語った。
(岩本文枝)
[日本経済新聞夕刊2019年1月8日付]
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