映画『迫り来る嵐』 謎めく物語、複雑な心理
近年の中国映画はCGを多用した大味な娯楽作が目立つが、この作品はリアルでサスペンスに富んだ味わい深い人間ドラマとなっている。一昨年の東京国際映画祭で芸術貢献賞と最優秀男優賞をダブル受賞した。
1997年、地方にある国営製鋼所の保安部に勤めるユィ(ドアン・イーホン)。町外れで若い女性の連続殺人事件が起こり、事件を調べ始める。そんな中、工場出口で怪しい人物を見つけて追跡するが、逃げられてしまう。
模範工員として表彰されたこともあるユィはやがてリストラで失職するが、それでも犯人探しに執念を燃やす。被害者が恋人のイェンズ(ジャン・イーイェン)の若い頃に似ていることから、彼女が開業した美容院の監視を始め、1人の男性客に目をつける……。
物語は10年後に刑務所から出所したユィから始まり、ラストで再び10年後に戻る回想形式で綴(つづ)られる。時代設定が絶妙だ。香港返還に象徴される97年は中国の経済発展が未(いま)だ庶民に届かない時代であり、10年後は北京オリンピックの前年で、国民生活の向上が謳歌された時期に当たる。
実際、97年の物語は雨が降り注ぐ日や雨雲にどんよりと覆われた日のシーンが占めていて、その灰色にくすんだ色調が連続殺人という異常な事件と当時の中国社会の閉塞感を象徴しているかのようだ。
その一方、主人公が回想する物語には、彼の不条理な視点と心理が重ねられている。例えば、ユィが模範工員として表彰された事実のないことを10年後に知らされるように、ユィの体験は幻想を交えた世界であり、物語の謎めいたサスペンスを深めつつ、人間の複雑な心を描き出している。
ドン・ユエ監督は、CM界出身の新鋭であり、これが長編デビュー作となる。緻密な脚本とリアルな演出力は今後が楽しみである。1時間59分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2019年1月4日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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