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私の課長時代

高級フレンチ軌道に 飲食コンサルで独立 プロントコーポレーション社長 竹村典彦氏(下)

2018/12/18付 日本経済新聞 朝刊

1990年から高級フレンチの総支配人を務めた

■総支配人を任されたフレンチが軌道に乗るころには、多くの飲食店を取り仕切るようになっていた。

管轄する店舗が増えフレンチ「ル・マエストロ」にいない時間が増えました。私が店を外しているタイミングにサントリーの佐治敬三会長(当時)が来店し、料理が出てこないなど不手際が重なったそうです。叱責を覚悟でいると、「慣れたな。初心忘れるべからず」とたしなめられました。

飲食店の開発を手掛け始めた頃、佐治さんに新店のプレゼンテーションをする機会がありました。30分しか時間を取れないということだったのですが、目をじっとのぞき込まれ「おまえの目、真剣だな」と、すぐにOKが出ました。

忙しさにかまけて、昔の自分を忘れていたのでないか。改めて思い知らされました。

私のデスクの上には佐治さんの写真を置いています。今も問いかけてくれているような気がします。

■1991年、飲食店向けコンサルティング会社を設立する。

当時の飲食店の経営はまだ発展途上でした。サントリーという枠を超え、コスト管理からデザイン、メニュー開発まで総合力で飲食店を支えられないか。かつての上司と社内ベンチャーのような形で「ミュープランニングアンドオペレーターズ」を立ち上げました。

コンサル会社では経営のプロだけでなく、デザインなど様々なプロが集まることになりますから、知識だけでも追いつこうと週に2日は会社に寝袋で泊まって勉強しました。今の感覚ではブラックそのものですが、時間がいくらあっても足りなかった。不動産関連の免許も取りました。

■国内外で年間120件近い案件を取り扱うようになる。

いつのころからか部下の仕事にあまり口を挟まないようになりました。上が口を出して小さく収まってほしくないからです。

居酒屋の新業態について議論になった時に「内装に和紙の壁紙を使えないか」という声が上がったことがありました。日本で調達するとコストが合わないのですが、和紙の作り方を海外の工場に教えて取り寄せました。落ち着いたムードから人気店になりました。

流行店を作り続けるには新たな発想が欠かせません。営業時代に私の話を真剣に聞いてくれた飲食店のオーナーたちのように、時代に応じたマーケティングを探り続ける。プロントの経営に携わるようになってからも大事にしています。

あのころ
バブル崩壊後の消費不振で、外食産業の成長速度は鈍化。低価格を武器にした新興チェーンも台頭し、1997年をピークに市場は緩やかに縮小に向かった。一方、カフェ業態ではスターバックスやタリーズなど従来より高価格のチェーンが日本に上陸。多様化が進んだ。

[日本経済新聞朝刊 2018年12月18日付]

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