かぐや姫がイケメン 想像力が開くボーイズラブの世界
男性同士の恋愛関係や絆を描く「ボーイズラブ(BL)」。女性を中心に、主に漫画や小説で愛好されてきたが、近年は活字の様々な分野に進出し、新しい表現を生み出している。
建築の専門雑誌「建築知識」(エクスナレッジ)はBLとは縁遠い媒体だが、10月号で建築構造や用語を男性キャラクターに擬人化して解説する企画を打ち出した。例えば「災害に強い地盤の判断」の項では、家型おもちゃをのせて海辺で遊ぶ「家野大地」を、「天照司」が水鉄砲で攻めるイラストが描かれている。
構造や力を男性キャラで表現
建築基準法を美少女に見立てた特集が好評を博したことから企画したという。「今回はテーマが構造。形や組み合わせ、力の流れを分かりやすく表すにはBLが適している」と担当編集者。通常は購入者の7割が男性だが、10月号は半分以上が女性で、読者層の多様化につながったという。
10月に刊行がはじまった左右社の「BL古典セレクション」は、古典の名作を現代語かつ「BL訳」する試みだ。第1弾「竹取物語 伊勢物語」は、歌人の雪舟えまが訳を担当した。原文のあらすじは変えず、登場人物はすべて男性というのが特徴だ。「竹取物語」は、美男子・かぐや彦が主人公。「伊勢物語」では、在原業平が「二条君」「斎宮君」ら男性と恋を重ねる。
女性を排除しているのではなく「全員男性という設定ならば、性別を抜きに『ただ好き』ということが書ける」と雪舟は言う。登場者が多い伊勢物語は、主要な人物を数人にしぼった。「エピソードの蓄積がないと、キャラクターに愛着を持ちにくい」(雪舟)からだ。人物が際立ち、キャラクターにほれ込んで読むことで古典の難しさが緩和され、情緒に身を委ねて物語を楽しむことができるという。
2012年創刊の「共有結晶」はBL短歌の合同誌だ。11月に第4号を発刊。「BLには既存の枠組みから排除や無視されがちな関係を拾う視点がある」とし、詠まれる題材は男性同士の恋愛に限らない。31文字という定型は「好きな関係性やシチュエーションを切り取って示すことができる」(編集部)のが利点だ。
「かくあれと言うのはぼくで笹舟はとおく流れていったじゃないか」(平田有)など、男女を問わず、受け手の感性に訴えかけ、想像力を喚起する作品が並ぶ。
多様性が尊重される現代社会の象徴
BLがさまざまな分野で注目されるのはなぜか。「BL進化論」著者で学習院大などで講師を務める溝口彰子氏は「LGBT(性的少数者)という言葉が広く知られるようになり、『BLだからこそできる表現』を意識的に模索している作家の増加が背景にある」と話す。
その上で「娯楽として楽しむなかでキャラクターを応援する気持ちが生まれ、現実に彼らがいたらどんな世界がよいか想像することもできる」と指摘する。多様性が尊重される現代社会を象徴する動きともいえそうだ。
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再解釈、現代の楽しみ サンキュータツオさん
「ボクたちのBL論」(河出書房新社)は、お笑いタレントで日本語学者のサンキュータツオが、時代劇研究家の春日太一にBLをひもとく一冊だ。2016年に単行本が出てこのほど文庫化された。BLは「関係性を観察して読み解く」知的遊戯だということが、豊富な事例や引用をもとに解説される。
例えば「鉛筆と消しゴム」。まず鉛筆を「とんがってノートを汚す嫌われ者」、消しゴムを「黙って汚れを消す優等生」と脳内でキャラクター化する。そんな消しゴムの姿に「自分のことを好きなのでは」と鉛筆がはっとする、との関係性を想像し、物語を考えるのだ。
愛好者はこの一連の妄想を「反射的にやっている」とタツオは言う。「想像の斜め上を行く」技能に熟達できるかは個々人によるが「知らない世界を知りたい、好奇心のある人なら誰でも楽しめる」とも。「BLは『クリエイティブに読む』ことの一つ。古典や短歌におけるBLは、再解釈という現代的な楽しみ方なのではないか」と話す。
(桂星子)
[日本経済新聞夕刊2018年12月18日付]
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