瀬戸内海に新たな現代アート島 柳幸典が百島で紡ぐ夢
広島県尾道市沖の百島(ももしま)で、現代美術家の柳幸典(59)がアートの島作りに取り組む。廃校や空き家を改修。近隣の島や本州対岸にもアート施設を点在させる地域文化再生構想も抱く。
百島は470人ほどが暮らす周囲約11キロの小島で、尾道港から高速船で約25分の沖合にある。柳は2008年に、同じ瀬戸内海の犬島(岡山市)で、銅の精錬所跡を現代アートとしてよみがえらせた。新たに自身の情熱を注ぎ込む島を探す中で百島に巡りあった。
廃校をアートセンターに転用
瀬戸内海の島に引かれたのは、取り残されたような形で日本固有の風景が残り、高度成長期のひずみが凝縮した形で現れていたからだ。中でも百島は「廃校があり、橋で本州とつながっていない離島」だった。廃校は中核施設のアートセンターに転用できる。離島は行き帰りが船便となるだけに強い覚悟を持って見に来てもらえると考えた。
11年、3階建ての旧百島中校舎を借りた。自己資金を基本とし、趣旨に賛同した協力者たちと改修に当たった。柳は常々、「現代美術は思いっきりやれる空間が大事」と口にする。
12年に改修を終え、アートセンター「ART BASE(アートベース)百島」を開いた。開館記念展後は複数の作品を常設展示にした。自身で作った表現の場だけに、尖(とが)った作品が並ぶ。
その一つが元体育館を丸ごと展示室にした柳の大作「ワンダリング・ミッキー」。米人気キャラクターをあしらったカートが回り車(高さ7メートル)の中を排ガスを出しながら走る。その作品を赤・青・黄色などに塗ったドラム缶600本を積んで囲う。米国在住時代に「つくづく感じた石油文明」を痛烈に暗喩する。
美術家、原口典之の「物性1」は床に長方形(5.5×4.5メートル)の鉄枠を設け、廃油で満たした作品だ。表面は鏡のように滑らかで窓の外の風景が映り込む。巨大さと臭いを伴う点は同じで、柳は「普通の美術館では扱えないものを展示したい」と笑う。
14年には映画館を改修した展示施設「日章館」を設けた。展示作「ヒノマル・イルミネーション」はネオン管を点滅させて太陽神神話を表象する巨大作品だ。
2019年には宿泊施設が完成
今年秋には約1カ月間、アートセンターなどを会場に展覧会「CROSSROAD3」を開いた。展示場を備えた宿泊施設へと改修中の空き家もお披露目した。母屋の出展作家は榎忠(えのきちゅう)で、米国製とロシア製の自動小銃をかたどった70個の鉄塊を整然と並べた。
1階は榎作品の常設展示場とし、19年に2階の宿泊室を完成させてオープンする。榎は「僕の作品は保管できずに大半を潰したが、柳さんに百島で残したらと勧められた。彼の構想は面白いので所蔵作品のいくつかを移そうと思う」と話す。
柳は今年、運営のためのNPO法人を設け、尾道市役所百島支所だった建物を購入した。19年に若手作家の発表と交流の場としてオープンする。尾道市街地でのギャラリー開設や、三原市沖の小島で空き家の改修にも参画。三原市から福山市にかけての寺社や既存の文化施設と連携し、船で各施設を巡って、地域文化を再発見してもらうアート・クルージング構想も抱く。
こうしたプロジェクトは地域おこしととられがちだが、柳の思いは違う。「結果的に地域のためになればいいが、アートは手段ではなくて目的。僕は万人に理解されるような作品を作ろうとは思っていない」
百島のアート施設は企画展中以外は予約制。12月休館、1月7日から受け付け。
1959年福岡県生まれ。米エール大大学院美術学部彫刻科修了。93年ベネチア・ビエンナーレのアペルト部門を日本人で初受賞。作品はニューヨーク近代美術館などが収蔵。
(編集委員 小橋弘之)
[日本経済新聞夕刊2018年12月4日付]
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