B型肝炎の新薬「ベムリディ」 少量で副作用少なく
世界で2億人以上が慢性的に感染しているB型肝炎。治療しても原因となるウイルスを体内から完全に消すことができないため、患者はずっと薬を飲み続けることになる。副作用が少ない薬が求められるなか、2017年に国内で登場した新薬が「ベムリディ」だ。飲む量が少なくて済み、骨や腎臓への副作用リスクを減らせるとして治療での利用が広がっている。
東京都に住む50歳代の男性はB型肝炎にかかり投薬治療を受けたが、副作用で腎臓の働きが悪くなった。17年に武蔵野赤十字病院(東京都武蔵野市)を受診し、同年に発売されたベムリディに変えたところ腎機能が改善した。現在は投薬を続けながら働いている。
B型肝炎はウイルスに慢性的に感染すると、一部の患者で発症する。1980年代半ばまではほとんどが出生時に母親からうつる母子感染だった。血液を介してうつるため、予防接種などでの注射器の使い回しも感染を広げる原因となった。
80年代半ば以降は治療技術の普及で母子感染は減り、大半が性行為による感染になった。慢性的な感染者は世界で2億人以上で、毎年約90万人が亡くなるとされる。日本にも慢性感染者は130万~150万人いる。
一生飲み続ける
肝炎が続くと一部の患者は肝臓が硬くなり働きが悪くなる肝硬変になったり、肝臓がんになったりする。B型肝炎ウイルスのDNAは細胞の核の中に入り込む。薬をやめると再びウイルスが増えるため、患者は薬を一生飲み続ける必要がある。
日本では86年、ウイルスが増えるのを阻むインターフェロンと呼ぶたんぱく質を注射する治療法が始まり、00年に飲み薬が登場。耐性ウイルスが生じにくい薬も現れ、治療法が進歩した。だが薬を長く使い続けるため、骨の密度や腎機能が低下する副作用が出ていた。
そんな中、米ギリアド・サイエンシズが昨年発売したベムリディは、副作用を抑えられるのを特徴とする。1日に1回、1錠ずつ飲む。
従来の薬は成分の一部が肝臓に取り込まれる前に血液中で分解してしまうため、多くの成分を薬に詰め込む必要があった。そのため骨や腎臓で副作用が出やすかった。
これに対し、ベムリディ1錠に含まれる有効成分量は25ミリグラム。先行薬の1割以下にすぎない。
新薬は肝臓へ効率よく入るように構造を工夫した。「血液中で分解されにくいため成分の量を減らせた。副作用を抑えられる」(ギリアド社の星野洋・メディカルアフェアーズディレクター)
同社は国際的な臨床試験(治験)を実施し、2年弱にわたり薬の副作用などを調べた。腎機能の目印になる「推算糸球体ろ過量(eGFR)」の低下を従来の4分の1に、腰骨の密度低下も3分の1以下に抑えられた。
副作用が少ない薬の登場は患者にとって福音だ。武蔵野赤十字病院の泉並木院長も「当院では過半の患者がこの薬へ切り替えた」と話す。
早期発見が課題
一方、いかに早く感染を見つけて治療を始めるかが課題として残る。
B型肝炎は自覚症状が少ない。手術時の採血検査で見つかることもあるが、医師が専門外で患者に伝わらない可能性もある。病気が肝硬変まで進むと体に黄疸(おうだん)が出たり、疲れやかゆみを感じたりする。
感染が心配な人は病院で血液検査を受けよう。ウイルス成分のたんぱく質が血液中で見つかれば、感染が分かる。数週間で検査結果が出る。自治体の支援で無料で受けられることも多い。母子感染の防止が進む前に生まれた30歳代以上で検査を受けたことがない人は、特に受診するとよい。
感染が分かったら、すぐに肝臓の専門医を受診しよう。肝臓の細胞が壊れると増える血液中のたんぱく質を採血で調べたり、超音波で肝臓の硬さを調べたりする。最後は針で肝臓の組織を取って肝炎の有無を調べる。肝炎だと分かったら、早期に治療を始めよう。
日常生活では睡眠を十分にとり、栄養バランスがよい食事をとるなど規則正しい生活を心がけるのが大切だ。体内でウイルスが増えるのを薬で防げば、肝硬変や肝がんの発症リスクを減らせる。B型肝炎を治療すると肝臓がんなどの発症率を抑えられる。根気強く治療を続けよう。
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残る発がんの恐れ 根治薬の開発急務
B型肝炎ウイルスに感染した人の9割は、ウイルスが増えずに治療の必要がないとされてきた。だがウイルスが体内で増減を繰り返し、肝炎や肝臓がんを発症する人もいる。従来の血液検査だけでは見落とす恐れがある。泉院長は「以前に治療が不要だと医師に言われた感染者も、もう1回検査してほしい」と訴える。
B型肝炎ウイルスは肝臓の細胞のDNAに入り込む。詳しい仕組みは不明だが、このことも肝臓がんの発症につながる。薬でウイルスが増えるのを防いでも、肝臓がんを完全には防げない。泉院長は「B型肝炎の患者は半年に1回、超音波などで肝臓がんの有無を調べてほしい」と話す。初期のがんならラジオ波でがんを焼くなどして治療でき、予後もよい。
「ベムリディ」とは異なる仕組みで効く薬の開発も進む。大阪大学の竹原徹郎教授は「肝臓の中でウイルスの粒子ができるのを防ぐ薬や、ウイルスへの抵抗性を強める薬などの研究が進んでいる」と話す。C型肝炎は米ギリアド・サイエンシズが2015年に日本で発売した「ハーボニー」が特効薬になった。B型肝炎でもさらなる新薬の開発が待たれる。
(草塩拓郎)
[日本経済新聞朝刊2018年12月3日付]
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