アジア映画の新鋭が集結 東京フィルメックスの底力
東京フィルメックスは健在だった。スポンサーがオフィス北野から木下グループに代わったが、映画祭の方向性はぶれず、コンペは例年以上に充実。アジア映画の最前線を力強く示した。
「みなさんにはフィルメックスがあって幸運だと思う。すばらしい作品がそろっていた」。24日の授賞式での審査委員長、ウェイン・ワン監督の講評を待つまでもなく、今年のコンペ作品は粒ぞろいだった。
移民問題に肉薄
最優秀作品賞はカザフスタンのセルゲイ・ドヴォルツェヴォイが監督した「アイカ」。モスクワに不法滞留するキルギス人女性アイカの過酷な日々を描いた。
産んだばかりの赤ん坊を置き去りにしてアイカが病院を抜け出す冒頭から緊張が途切れない。借金取りに追われ、仕事を探すが、まともな職はない。宿が摘発され、産後の体調も悪く、追い詰められたアイカは、ある決心をするが……。
ドキュメンタリー出身のドヴォルツェヴォイは16ミリフィルムの手持ちカメラを駆使し、アイカの行動に肉薄した。「移民の問題は世界のどこにでも響く」とワンは評した。
審査員特別賞は中国・チベット出身のペマツェテン監督「轢(ひ)き殺された羊」。荒野を走るトラック運転手ジンパが、同じジンパという名で敵討ちをめざす青年を乗せたことに始まるロードムービーだ。映っているのはリアルなチベットの風景だが、現実と夢が交錯し、自我が揺らぐ物語は普遍的。現代人の実存に迫った。
2つの受賞作は完成度で際立っていたが、驚くべき野心作もあった。その筆頭が中国のフー・ボー監督「象は静かに座っている」だ。
経済発展する中国北部の地方都市で、居場所をなくした青年、女性、老人らの物語。彼らがそれぞれに追い詰められていくさまを、ワンシーンワンカットの長回しで延々ととらえる。
4時間弱の長尺だが、長回しにラヴ・ディアスのような説話的な力があり、街の閉塞感と人々の焦燥感はエドワード・ヤンのように痛切だ。何より今の中国が映っている。題名は遠く満洲里にいるという象で、主人公らの出口を意味する。フー監督はこの長編第1作を撮り終えて、自殺した。
ロヒンギャ難民が遭難したマングローブ林を幻想的に描き出すタイのプティポン・アルンペン監督「マンタレイ」、埋め立て地での移民労働者失踪事件を通してシンガポールという国家を問い直すヨー・シュウホァ監督「幻土(げんど)」も力作だった。共に深刻な社会問題に、現実と非現実が交錯する魔術的リアリズムで迫った。ビー・ガン監督「ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト」は中国の地方都市が舞台のフィルムノワールで、3Dを含む映像の冒険に驚いた。広瀬奈々子監督「夜明け」は明晰(めいせき)な脚本と演出が評価され、スペシャルメンションを受けた。
逆境乗り越える
3月にオフィス北野が運営から手を引き、開催が危ぶまれたフィルメックスだが、市山尚三ディレクターらはすぐにスポンサー探しに動いた。4月に木下グループの支援が決まり、昨年並みの予算を確保。例年通り5月のカンヌ映画祭から本格的に動き出した。結果的にカンヌ、ロカルノ、ベネチアなどで受賞した秀作がコンペにそろった。
逆境にかかわらず高水準の作品が集まったのは、長年かけて培った世界の映画人のフィルメックスへの信頼の証しだろう。「幻土」のヨーら人材育成事業タレンツ・トーキョー出身者の活躍で、人脈は若手にも広がった。最前線の作品を見たい映画ファン、公開未定作を買い付けたい配給・興行関係者、親密な交流を期待する監督や製作者。誰のための映画祭かが明確なのが、この映画祭の強みだ。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2018年11月27日付]
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