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坂東玉三郎、女形芸継承への決意 難役に若手抜てき

2018/11/26付 日本経済新聞 夕刊

玉三郎の阿古屋(2015年10月、歌舞伎座)=岡本 隆史撮影

東京・歌舞伎座の12月公演で、人間国宝の坂東玉三郎と若手2人が日替わりで「阿古屋」を勤める。舞台上で琴、三味線、胡弓(こきゅう)を奏でる女形の難役だが、異例の抜てきで芸の継承を急ぐ。

「本興行としてやると決めないと、若手の稽古も先に進まない。不安はあるが、稽古をすれば若い人も大役をやる可能性があると思ってもらうことが大事だ」。玉三郎はこう語る。

玉三郎の阿古屋(2015年10月、歌舞伎座)=岡本 隆史撮影

夜の部「壇浦兜(かぶと)軍記」の阿古屋は、六代目中村歌右衛門から1997年に受け継いで以来、ほかに演じる俳優はいなかった。今回、中村梅枝(31)、中村児太郎(24)とトリプルキャストという特別なプログラムを組み、自ら出演しながら若手へ芸の継承を図る試みに乗り出す。

阿古屋は平家の武将、景清の恋人。景清の居場所を知りたい源氏方に捕らえられて詮議を受ける。居場所を知らないと言い張る阿古屋は琴、三味線、胡弓の三曲を弾くように命じられ、心に曇りがないかを試される。舞台上で実際に三曲を演奏して景清への思いを表現し、詮議役を納得させる演技が必要な役だ。高い演奏技術と女形としての風格が求められる。

■阿古屋、半世紀で手掛けたのは2人だけ

この半世紀余り、阿古屋を手掛けたのは六代目歌右衛門と玉三郎の2人だけ。玉三郎は養父の十四代目守田勘弥に勧められて20歳のころから三曲の稽古を始めたが、役を受け継いだのは歌右衛門が体調を崩してからだった。「今度は僕が元気なうちに、彼らにやってもらわないと」

玉三郎は数年前から「若い人に手当たり次第、『やらないの?』と声を掛けてきた」といい、自主的に三曲の稽古を続けていたのがこの2人だった。阿古屋への布石として昨年10月、歌舞伎座公演で梅枝、児太郎と共演する舞踊劇「秋の色種(いろくさ)」を上演し、琴を弾かせた。「稽古で弾けても、踊りのある劇の中で弾くのは大変。長期戦だった」と振り返る。

「秋の色種」で琴を弾く梅枝(左)と児太郎(C)松竹

「その月は2人とも同じ楽屋だったので、三曲の稽古していた」という2人。「地方公演にも楽器を持って行って稽古を続けた」(児太郎)。8月から玉三郎による本格的な稽古が始まった。「つい演奏に集中してしまい、『役になって弾かないと』と指導される」(梅枝)。玉三郎自身も歌右衛門から「(役を忘れて)弾きすぎないでね」と注意されたことを思い出すという。

若手2人が阿古屋を演じる日は、玉三郎が敵役の岩永左衛門で共演する。赤っ面と呼ばれる荒々しい男役で、女形が演じることはほとんどない。文楽人形の動きを取り入れた人形振りで演じられるので「実際の文楽の首(かしら)を見せてもらって、演出を考えてみたい」(玉三郎)といい、単なる観客サービスにとどまらない。

■一門の枠にとらわれない時代に

昼の部は玉三郎監修による「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり) お染の七役」で、中村壱太郎(28)がひとり七役の早がわりを見せる。四世鶴屋南北の名作で、お染久松の恋物語に悪婆お六のゆすりと、次々に見どころが展開する世話物。壱太郎は「話が決まってから地方公演が続いたが、日帰りで東京に伺ってセリフから早がわりまで詰め込んでいただいた。独特のセリフの節を音楽的に理解し、思いを乗せられるようがんばりたい」と語る。

壱太郎が歌舞伎座で主役を勤めるのは今年3月、やはり玉三郎監修の「滝の白糸」以来2度目。上方の家系ゆえ、これまで稽古を受けるのは上方の先輩たちが中心だった。「今年は玉三郎のおじさまがつくられてきた財産というべきお芝居を、舞台をご一緒しながら勤めさせていただくことができて幸せな年になった。おじさまの残そうというお気持ちに真摯に応えたい」

玉三郎からすでに「お染の七役」を習っている中村七之助も今回、壱太郎の指導を手伝うという。立ち役に比べると女形の人数は少ない。一門の枠にとらわれずに芸を継承しなければならない時代に入ってきた。

これらのほかに昼の部は松竹新喜劇の名作を歌舞伎の世話物にした「幸助餅」を尾上松也と市川中車で、夜の部は尾上松緑と中車のコンビで「あんまと泥棒」と、日替わりで梅枝と児太郎の舞踊「二人藤娘」または玉三郎の新作歌舞伎舞踊「傾城(けいせい)雪吉原」を上演する。12月2日から26日まで。

(小山雄嗣)

[日本経済新聞夕刊2018年11月26日付]

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