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歩道橋が消える? 高齢者配慮などで大量撤去時代に

NIKKEIプラス1

2018/11/24付

PIXTA

横断歩道橋は今や影が薄くなった社会インフラの一つ。交通事故対策で1970年前後に全国で大量に設置されたが、高齢化に伴い撤去の憂き目に。一方でバリアフリー化など社会ニーズに応える整備も始まった。

時は高度経済成長期。戦後復興とモータリゼーションで交通量が急速に増え、60年代から70年代に交通事故死が急増した。死者が70年に過去最高の1万6765人を記録、交通戦争との異名をとったほど苛烈だったのだ。

もちろん国や自治体は、歩行者と車をガードレールで分離するなど対策を急いだ。そんな安全対策の決定版こそ横断歩道橋の設置。土木建築に詳しい、ものつくり大学(埼玉県行田市)の増渕文男名誉教授によれば、わが国の第1号歩道橋は西枇杷(びわ)島歩道橋。59年、愛知県西枇杷島町(現清須市)の幹線道路に架けられた。

道路を横断して小学校に通う児童の交通事故が目立ち、「PTAが町や警察に働きかけたことがきっかけ」だという。宇都宮市出身の記者(56)も小学校時代、友人を交通事故で失った。

この第1号歩道橋は2010年に架け替えられたが、空中部分(長さ12メートル、幅2.5メートル)は、名古屋大学の橋梁保全技術研修施設「ニュー・ブリッジ」に保存されている。

その後、第2号登場までには少し時間を要した。「道路上に人道橋を渡すという考えに、道路法や建築基準法が追いつかなかった」と増渕名誉教授。市区町村道、県道、国道で道路管理者が分かれ、調整が難しかったことも影響したようだ。62年に北九州市にできた第2号に続き、同年中に岐阜市や東京都に少なくとも15橋が設置された。

マイカー元年(66年)目前の65年、国は道路法を改正して歩道橋設置の根拠となる規定を整備、歩道橋の標準設計案も考案した。こうして大量架橋時代が始まり、70年代半ばまで国と自治体は歩道橋増設を急いだ。

歩道橋の存在感が増すと同時に、非難の声も出るように。

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