世界の味を堪能「キッチンカー」 昼食難民を救う
昼食時にオフィス街でよく見かけるキッチンカー。別名、フードトラックと呼び移動式で料理を提供する。店が満席で昼食にあぶれる会社員の胃袋を満たす救世主だ。本格派や珍しい国の味など多彩。変遷を探った。
「いらっしゃいませ」。10月下旬、イタリア料理を提供するキッチンカーの前で女性が呼び込みを始めた。曜日ごとに場所を変えて営業する。月曜日のこの日はオフィスビルの恵比寿プライムスクエアタワー(東京・渋谷)へ。昼食時には行列ができた。
列に並んだ女性は「毎日コンビニ弁当では飽きる。ここのは出来たてでおいしい」と話す。ベンチでほお張る男性は「昼はどの店も混む。移動販売はすぐに食べられ、時間が節約できる」と利点を挙げる。値段も700円前後と都心の外食店よりも手ごろだ。
一番人気の豚肉料理、ポルケッタを食べた。「うまい」。思わずうなる。ハーブが豚肉のうまみを引き立て、柔らかい肉が口の中でとろける。それもそのはず。調理する谷口光将さんは、飲食店の激戦区、東京・銀座のイタリア料理店「コルポデラストレーガ」のオーナーシェフ。昨年、移動販売を始めてから昼食の売り上げは4倍に増えた。
道路交通法では原則、路上で1カ所にとどまる移動販売はできない。だが、これらが出店しているのはオフィス街。私有地なので所有者の許可があれば自由に営業可能。ビル側も賃貸収入と昼食時の混雑緩和という一石二鳥だ。
先駆けではないかとされるのが2003年にワークストア・トウキョウドゥ(東京・大田)が移動販売車を集めて出店した東京・大手町のサンケイビル正面広場だ。同社は「賃貸交渉や出店者の募集、運営管理などをし、ビル側との交渉を担っている」(烏川清治社長)。
16年から仲介事業を始めたmellow(メロー、東京・渋谷)の柏谷泰行社長も「出店者が料理と接客に集中できるよう後押しする」と話す。現在、キッチンカーが営業するオフィス街や大学構内は東京都内を中心に全国200カ所以上ともいわれる。
実はこれらのキッチンカーの源流をたどると日本の屋台にいきつきそうだ。全国屋台村連絡協議会(青森県八戸市)の中居雅博会長は「屋台とは移動可能な店のこと。日本では江戸時代に出現、当時はそばやすしを売った」と話す。第2次大戦後、店舗を失った被災者らが屋台で営業していたが、法律の規制で博多(福岡市)など一部地域を除いて次第に姿を消していった。
では、キッチンカーはいつぐらいから登場したのか。烏川社長によると、父親の龍官氏が1963年に東京の晴海埠頭でホットドッグを販売した記録が残っているという。その後、屋外イベントに様々なキッチンカーが出店し始め、今日のスタイルとなった。
世界のグルメを堪能できるのも魅力。毎日、6台ほどが軒を連ねる東京都中野区の再開発地域、中野セントラルパークでは日替わりで各国料理が楽しめる。特に水曜日はなじみの薄い国の味が登場。ジャマイカ料理の杉本文さんはレゲエ好きが高じて出店。ハイチ料理の高橋美穂さんはハイチ人男性との結婚を機に、この道に入った。
最近、人気を集めているのがヘルシーフード。代表格が「ホールフーズまるごと」が提供するブッダボウルだ。特徴は全て植物性素材を使うこと。ご飯は玄米、野菜は有機栽培にこだわる。自然食に興味のあったオーナーの岩竹仗樹さんが「一人でも多くの人に知ってほしくて始めた」。食べてみると、野菜の煮込みや豆の揚げ物などが入っていて、食べ応えも十分。
取材前は調理空間が狭いなどの制約もあり「大した料理じゃないだろう」と高をくくっていたが、あなどることなかれ。どれもおいしかった。己の不明を恥じるばかりだ。
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固定店よりも安上がり
キッチンカーは軽トラックやワゴン車などを改造、厨房設備を備える。改造を手掛けるワークストア・トウキョウドゥによれば、新車の軽トラの購入・改造で約300万円。中古車はもう少し安い。自分で改造する猛者もいる。
通常、店舗を新規に出すと保証金などを含め1000万円以上。キッチンカーなら仲介会社に払う出店料は売り上げの15%程度と店舗賃料より安い。移動販売で開店資金を蓄え、将来は店を持とうという人が多いのはこのためだ。
一方、コルポデラストレーガの谷口さんのように、店舗を営業しながら移動販売を手掛ける人も。昼にキッチンカーで常連客を増やし、ディナーで店に誘導というのも期待できそうだ。
(高橋敬治)
[NIKKEIプラス1 2018年11月17日付]
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