粘り強く、ふわりと広がる風味 沖縄の田芋
沖縄特産の田芋は独特の香りと粘りが持ち味。県民に「ターンム」と呼ばれ親しまれている。琉球王朝の宮廷料理で使われ、今も正月やお盆などの行事食、祝い事の料理に欠かせない。親芋の周りに子芋や孫芋が次々と育つことが子孫繁栄をイメージさせ、縁起のいい食材とされる。近年はパイやケーキなどスイーツにも用途が広がっている。
サトイモ科で名前が示す通り水田で栽培する。国内で作っているのは沖縄が中心。かつて県内各地にあった栽培地は、水田面積の減少に伴い少なくなった。現在の主要産地は宜野湾市大山と金武町。ともに水の豊富な地域だ。
大山にあるサンキューファームの宮城優さん(54)は代々続く水田で田芋を自然栽培している。肥料や農薬を使わず、ゆっくりと育てるので「味、粘り、香りの三拍子そろった芋になる」という。
2年前、捨てる皮も自然栽培なら食べられるのではと思い、皮付き田芋の素揚げ「ありがターンム」の販売を始めた。塩味で皮は香ばしくてパリパリ。最初のホクホクから、かむうちにネットリ感が出て、最後に風味が口に残る。農産物直販所、ハッピーモア市場(宜野湾市)で毎月1回、土曜日に出店している。
一方、金武町の田芋を使った料理やスイーツを地元で楽しめるのがカフェレストラン長楽だ。経営者の豊川あさみさん(67)が開業した15年前、田芋畑は衰退していた。産地なのに田芋を食べさせる店もない状況で、ならば「自分が店を開いて農家の応援隊になり、田芋の食文化を継続させよう」と決断した。
田芋膳は田芋や田芋の茎の「ムジ」を使った料理がずらりと並ぶ。きんとんに似たディンガク(田楽)は程よい甘さで風味が生きる。だし汁で練ったドゥルワカシーは粘りが身上。ともに宮廷料理から続く一品だ。芋を素揚げして砂糖じょうゆを絡ませたから揚げは行事食でよく用いる。
ムジ汁はムジをメインにした味噌仕立ての汁もの。昔は子供が生まれると大鍋で作り、お祝いでふるまう地域もあったという。これを専門に扱うのが那覇市の万富(まんぷ)だ。昔ながらのマチグヮー(市場)の雰囲気が色濃く残る栄町市場の一角にある。
具はムジと田芋と豆腐。シャキシャキとしたムジの食感が楽しい。店主の上原慶子さん(74)の悩みはムジが手に入りにくくなったこと。ただ腕の中のムジの量は半端でない。本土からの客が8割。「せっかく来てくれるので、これぐらい入れないと気が済まないのよ」と笑う。
田芋は正月やお盆などの需要期に市場に出回るよう逆算して植え付けられる。収穫まで1年近くかかり、農家にとってたいへん手間のかかる作物だ。出荷の前にもう一つ、ゆでたり蒸したりする作業が加わる。でんぷんが少なく水っぽい芋を沖縄の方言で「ぐすぐす」というが、そんな芋は粘りがなく食感が悪いので商品にならない。熱を入れると良しあしが判断できるので、農家がひと手間かけて悪い芋をはじき、出荷しているのだ。ちなみに、いい芋は蒸すと皮や表面にひび割れが入るという。
(那覇支局長 唐沢清)
[日本経済新聞夕刊2018年11月15日付]
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