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映画『鈴木家の嘘』 死の衝撃と喜劇的状況

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NIKKEI STYLE

新人監督・野尻克己が、みずからのオリジナル脚本を映画化。先日の東京国際映画祭、日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞した。

くらい部屋でゴミを袋にまとめ終わった男が、カーテンと窓をあける。なんとなく末期の目にうつる風景かと感じる、白っぽい、2階からの眺め。すると、男は押入れで、首を吊(つ)る。

買物に出た母が帰り、ラジオをつけ、毒蝮三太夫の番組を聞きながら料理をつくる。2階に声をかけるが返事はない。のぼっていき部屋をあける……。

インパクトのつよい出だしである。ひきこもりをつづけていた鈴木家の長男、浩一(加瀬亮)が自殺し、母、悠子(原日出子)は、庖丁(ほうちょう)で左手首を傷つけ、血を流し、昏倒(こんとう)していた。浩一の妹、富美(木竜麻生(まい))が帰宅して発見、通報した。悠子は昏睡からさめない。

きわめて深刻な状況だがこのあと、映画は喜劇的な風をまきおこして進む。

もう昏睡からもどらないかと危惧された悠子が、浩一の四十九日に、ラジオの毒蝮三太夫の声がきっかけだったかのように意識をとりもどす。昏倒まえ数日間の記憶を失って。つまり彼女は浩一の死を知らない。

ここから、夫・幸男(岸部一徳)、その妹・君子(岸本加世子)、悠子の弟・博(大森南朋)そして富美による「鈴木家の嘘」がはじまる。悠子に衝撃をあたえないため、浩一はひきこもりをやめ、アルゼンチンで博の会社のしごとをしていることにし、必死にこの虚構をまもる。まさに喜劇的状況。大森南朋の軽佻(けいちょう)な叔父さんがおもしろい。

その一方で、幸男と富美は個々に浩一の死の衝撃に苦しみつづけ、もがく。

悲痛のどん底にあっても人間は生活の些事(さじ)もこなしバランスをとって生きていかねばならないが、この映画も、まさにそのバランスをつとめてとろうとしている。2時間13分。

★★★★

(映画評論家 宇田川幸洋)

[日本経済新聞夕刊2018年11月9日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…

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