粒は大きくプチプチの歯応え 香川・サワラのカラスミ
日本三大珍味のひとつであるカラスミは中国の墨に似ているのが名の由来で「唐墨」とも書く。外来の食べ物で、日本には17世紀に長崎に伝わった。カラスミと言えば長崎であり、ボラの卵で作る。
もとはサワラで伝わったらしい。それが香川県に今もひっそりと残っている。ゴールデンウイークのころ、産卵期のサワラが瀬戸内海に入ってくるのを使う。
高松藩主が参勤交代の手みやげにしたという伝統の高級珍味は、バブル期にはゼネコンなどが贈答品に使い、全国にもたくさん売れたそうだ。今は地元でも、特に若い人になると知る人は少なく、進物用として作る香川県の店は現在、高松市の「卯(う)をじ」と「吉内(きちない)」の2軒だけのようだ。
作るのは2軒合わせて年に300本ほど。往時ほどではなくなったものの、歳暮に向けてのこれからが一年で数が一番はける時期という。かつての江戸への献上品ではないが、その現代版のような注文は今も残り、食べ物の性格は昔と変わらない。あとはその味が好きな食通が買う。
酒の肴(さかな)である。ボラのカラスミがチーズのような食感なのに対し、サワラは粒がやや大きく、プチプチした歯応えがある。
2~3ミリに薄く切り、あぶって食べると香ばしい。塩味と潮の香と魚卵のこくが混ざり合うといった趣の味わいは、昔ながらの重い酒を重ねるも良し、近年はやりのすっきりした酒もすすむ。ワイン、それも意外に赤が合うという意見も聞いた。
春にとれるサワラの真子(まこ=卵塊)に塩を念入りにかぶせ、塩抜きして乾かして作る。時間とともに風味が飛ぶので新しいものがおいしいが、今は真空パックにとじ込める。開けてからでもラップに包んで冷蔵庫に入れておけば、長く食べられる。
いいカラスミの作り方を尋ねると「いい真子を選ぶにつきる」。卯をじの近藤健治(64)、吉内の和泉仁司(74)の両主人は同じことを言った。パンパンに張った真子でいいカラスミができるのだといい、それを見て触って選ぶ眼力が要る。
塩抜きの加減や真子の膜の丁寧な張り合わせなど、ほかにも技術と手間が必要で、作り方は人から人に伝わってきた。吉内の和泉さんは「子供も作る」と言うが、卯をじは「僕の代で終わり」(近藤さん)。1本1万円ほどの絶滅危惧種の珍味は、最近は少しでも食べてもらおうと、少量の薄切りを500円程度で売ったりしている。
春に産卵のため瀬戸内海に入ってくるサワラは、春を告げる魚として讃岐の人々に昔から愛されてきた。折に触れてサワラ料理が振る舞われたり、お嫁さんの里帰りに持たせたりと、暮らしに密着した魚で、いまも塩焼きや味噌漬け、煮付けなど、食卓に上ることが多い。真子も煮付けなどにして食べる。
香川県の沖に良い漁場があるためで、対岸の岡山県でもサワラをよく食べる。一方、同じ瀬戸内海に面した四国でも、愛媛県ではサワラはあまり食べない。
(高松支局長 深田武志)
[日本経済新聞夕刊2018年11月8日付]
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