映画『ハナレイ・ベイ』 息子亡くした女性の内面
愛する人を失った時、人の心はどう変わるのか。一人息子を亡くした女性の内面を描いた松永大司監督の新作だ。前作「トイレのピエタ」では余命いくばくもない青年の思いに焦点を当てたが、今回は村上春樹の短編小説を原作に、残された側の心の動きを静謐(せいひつ)な映像で描き出している。
ピアノバーを経営するサチ(吉田羊)は、一人息子で19歳のタカシ(佐野玲於)と暮らすシングルマザー。2人は互いにあまり干渉しない生活を送っていたが、ある日、タカシがハワイでサーフィン中にサメに襲われ、右脚を食いちぎられて死んだという知らせがサチに届く。
ハワイでタカシの遺体と対面したサチは、帰国前に息子が亡くなったハナレイ・ベイを訪れ、海辺の樹の下で海を眺めながら読書して過ごす。そして彼女はハナレイ・ベイを毎年のように訪れるが、10年たった今もサチは海に決して近づこうとはしなかった。
映画は、ハワイの人々などの出会いもあるが、ほぼサチの寡黙な姿を追い続ける。その間、例えばタカシの葬儀後にマンションに戻ったサチが息子の幻影を見たり、昔の結婚生活を回想したりするが、焦点は彼女の内面の動きにある。
そんなサチの心に大きな変化が生じるのは、サーフィンを楽しみにきた日本の若者たち(村上虹郎と佐藤魁)との出会い。彼らはタカシと思われる片脚のサーファーを何度も見かけたというが、サチは見たことがない。そのことがサチの心に大きな衝撃を与える。
どうして自分には見えないのか。サチは片脚のサーファーの姿を求めて浜辺を探し回り、思わず海に入ってしまう。そんな彼女の姿をカメラは低い位置から撮るなど工夫しつつ、サチの内面を外化する形で、彼女が自分自身と向かい合う姿を巧みに浮き彫りにする。サチ役の吉田羊が好演。1時間37分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2018年10月19日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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