映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』
今年88歳になるフレデリック・ワイズマン監督だが、その子供のような好奇心と現実探求にむける意欲はいささかの衰えも見せない。現代人がいかに生きるべきかという問いを胸にいだく人にとって、必見のドキュメンタリーである。
舞台はニューヨークの下町ジャクソンハイツ。ニューヨークといえば、高層ビルの立ち並ぶ人工的な大都市というイメージをもってしまうが、ジャクソンハイツは、それ自体が生物のような活気に満ちた人間の暮らしの現場である。なにしろ、167の言語が話されているというのだから、いま流行のダイバーシティ(多様性)という言葉を体現した街といえるだろう。
ワイズマンはこの街に暮らすヨーロッパ、中南米、アジアからの移民とその子孫たちが暮らす生活の現場を、丹念に、忍耐強く、愛情をこめて見つめていく。人種的なマイノリティだけではない。ここがなぜゲイたちにとって魅力的な街となっているかを、歴史的、政治的な経緯を交えつつ、私たちに見せてくれる。
とくにワイズマンが力を注ぐのは、人間生活の基礎となる経済活動の描写だ。食肉工場、衣料店、コインランドリー、パン屋、食堂、スーパー。人は金を稼いで食べていかねばならない。だが、生活のために金を稼ぐのであって、金のために生きているのではない。当たり前だが、その事実がずっしりと身に染みる。
ところが、その多彩な生活の現場に、もっとたくさんの金のために金を稼ぐグローバル資本主義の企業体が襲いかかっている。ニューヨークならもっと合理的に金が稼げるとして、小売店主や屋台の商人たちを追いだそうとしているのだ。しかも、この映画が記録するのはトランプが大統領になる以前の状況なのだ。ワイズマンはその危機を察知してこの貴重な映像を残してくれたような気もする。3時間9分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2018年10月19日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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