変わる修学旅行 「体験」重視、行き先トップは沖縄

NIKKEIプラス1

高知県黒潮町でカツオのわら焼きタタキづくりを体験(成蹊学園提供)
高知県黒潮町でカツオのわら焼きタタキづくりを体験(成蹊学園提供)

街中で土地勘のなさそうな学生服姿の集団を見掛ける季節。思い出すのは学生時代の修学旅行だ。記者(44)は当時、恒例行事の一つとして深く考えていなかったが、最近の修学旅行は違うという。

「被災地の復興を現在進行形で学べる機会は今しかない」。神奈川県立新栄高校(横浜市都筑区)の2年生は今秋、岩手県陸前高田市を修学旅行で訪れる。東日本大震災の被災者の体験談に加え、一般家庭に宿泊する「民泊」を実施。農漁業などの職業体験も行う。同市への修学旅行は4年連続だ。

東日本大震災を機に、被災地を修学旅行先に選ぶ学校が増えている。陸前高田市では2017年度、約1600人の生徒が訪れた。16年度から民泊を利用した修学旅行生の受け入れを始めるなど、震災教育に力を入れている。

修学旅行といえばこれまで、見聞を広めるための観光が中心だった。だが最近は様子が違う。JTBによると、最近のトレンドは「体験学習」。農漁村の民泊も目立つ。費用面のメリットに加え「現代の子供は親戚の家に泊まる経験が減っていて、他人の家に泊まること自体が貴重な体験になっている」という。

公立校の行程や予算は、各地の教育委員会が基準を定めている。規定に沿って学校が大まかなプランを作り、旅行会社と相談しながら決めていく。全国修学旅行研究協会(全修協)によると、公立高校の行き先は16年度で沖縄が1078校で最多。「沖縄固有の歴史や文化を学べることに加え、最近の修学旅行のテーマである平和学習の要素を兼ね備えている」(石原輝紀調査研究部長)ことが選ばれている理由のようだ。

海外も375校に達し、北海道の436校に迫る。最近ではベトナムや台湾などが人気という。子供が家族旅行より先に修学旅行で海外を経験するケースもありそうだ。

行き先の選定に生徒が主体的に関わる学校も出始めた。

複数のコースに分かれて「学習旅行」を行う成蹊高校(東京都武蔵野市)では、1年冬に生徒からも提案を募る。17年度は北アルプスを巡るコースが採用された。横井亮教頭は「当初案は行程に無理があり、最少催行人数の20人が集まるか疑わしかった。本当に実現するとは思っていなかった」と笑う。

公立でも私立でも、近ごろの修学旅行は全員参加とは限らない。成蹊高では参加率は8割程度。かつては全員参加だったが「明確な目的を持たないまま、大人数で旅行することの意義を問う議論が高まった」ことが現在のスタイルにつながった。欠席者の顔が片隅に載る集合写真も絶滅していくのだろうか。

開成高校(東京・荒川)では、旅行会社との打ち合わせは生徒が主で「教員は同席するイメージ」(担当教員)という。中高一貫の同校では中1から高2まで同時期に修学旅行を実施するが、1学年約400人のうち、40人程度が「旅行委員」に立候補し、企画内容をプレゼン。最終的には生徒の投票で行き先が決まるシステムだ。

事前・事後の学習を重視する傾向も強まっている。事前学習の内容を踏まえて問題意識を持って見学したり、旅行から帰った後に成果を発表したりすることで、学習効果を高めるのが狙いだ。

ハイテク化も進む。NTTドコモや凸版印刷が沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)と共同で実施する次世代通信規格「5G」の実証実験。世界遺産の今帰仁(なきじん)城跡(同県今帰仁村)で修学旅行生向けに、城を再現した仮想現実(VR)コンテンツを配信し、歴史研究家による拡張現実(AR)コンテンツを用いた遠隔授業も行う計画だ。ヘッドセットを装着した学生服姿の集団に出くわす日も遠くないかもしれない。

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明治に「鉄砲携帯」で始まる

かつては見送りも盛大だった

修学旅行の始まりは明治時代、1886年の東京師範学校の「長途遠足」とされる。全修協の資料には「兵式体操用の鉄砲を携帯して東京より銚子方面に12日間にわたる徒歩遠足をした」とある。正直あまり楽しそうな光景は浮かばないが、長旅自体が珍しかった当時の子供らには刺激的な体験だったのだろうか。

修学旅行は生徒募集へのPR効果も大きい。日本旅行教育旅行部の椎葉隆介マネージャーは「『主体的・対話的で深い学び』を掲げる新学習指導要領を受け、修学旅行も探究型のニーズが高まる」と指摘。「スカイツリーの見学でも、技術やデザインなどにスポットを当て、課題を設定し、考えさせるプランが求められるのでは」と話す。

(嘉悦健太)

[NIKKEIプラス1 2018年10月13日付]