認知症・循環器疾患… 漢方で治療、西洋医学補う
超高齢社会を迎え、日本で独自の進化を遂げた漢方医療が存在感を高めている。認知症や歯科・口腔(こうくう)内疾患の治療に取り入れられ、老年症候群の治療でも研究が進む。安価で比較的副作用が少ないとされ、西洋医学が不得意な部分を補うとともに、多くの疾患を抱える高齢者の健康を包括的に支え、伸びが著しい医療費の節減にもつながると期待されている。
循環器疾患
5年前、心筋梗塞で神戸海星病院に救急搬送された山田光太郎さん(仮名、70)は治療で回復、10日余りで退院したが、胸が詰まるような感覚を訴えて再び来院。内科の北村順部長が問診や腹診などをし、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を処方したところ、2週間ほどで症状が消えた。
ガイドラインの標準治療が主流の循環器分野でも漢方を使うケースがある。
北村部長は、漢方薬を使うケースとして、(1)ガイドラインに沿った治療が当てはまりにくい(2)標準治療で症状が取り切れない(3)標準治療に漢方を追加することで、生活の質(QOL)向上などの効果がある(4)標準治療による副作用の回避や緩和――などを挙げる。
北村部長によると、高齢者に多い慢性心不全は足のむくみを生じやすい。牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)を使えば、腎機能悪化や血圧低下のリスクがある利尿剤を減量できる。「ただし麻黄や甘草を含む製剤は心不全を悪化させたり血圧を上げたりするので注意が必要」という。
認知症
国内で患者が25年には700万人を超えるとみられる認知症。記憶障害や実行機能障害などの中核症状のほか、暴言や興奮、不眠、うつ、徘徊(はいかい)、妄想といった行動・心理症状(BPSD)が現れ、介護者の負担を高めている。BPSDには抗精神病薬や抗不安薬、抗うつ薬などが使われてきたが、運動障害や転倒、日常生活動作(ADL)低下などの出現が問題となっていた。
こうした副作用を生じずにBPSDを改善する薬として、抑肝散(よくかんさん)が2000年代から広く使われるようになった。筑波大学大学院人間総合科学研究科の水上勝義教授によると、アルツハイマー型認知症のBPSDに対してはほかに抑肝散加陳皮半夏(かちんぴはんげ)や釣藤散(ちょうとうさん)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)なども有効という。
水上教授らが関東地区の認知症患者106人を対象に抑肝散のBPSDに対する効果を調べたところ、調査の前半4週間服用したグループと後半4週間服用したグループのいずれも服用した期間に興奮などの症状が改善。「多くは1~2週間という早期に効果が現れ、中止しても一定期間効果が持続した」(水上教授)
歯科・口腔内疾患
12年の歯科の診療報酬改定で初めて漢方薬の項目が設けられて以降、抜歯後の痛みなどに立効散(りっこうさん)、口内炎に半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、口腔乾燥症に五苓散(ごれいさん)や白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)など11種類が入った。
王宝禮・大阪歯科大学教授らが09年に全国の歯科・口腔外科計111施設を対象に行った調査では、舌痛症や味覚障害、顎関節症など幅広い疾患に対して、麦門冬湯(ばくもんどうとう)、加味逍遥散(かみしょうようさん)、半夏厚朴湯、排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)なども使われている実態が判明した。
歯学教育の指針、歯学教育モデル・コア・カリキュラムには「薬物(和漢薬を含む)の作用に関する基本的事項を理解する」が12年から盛り込まれており、「利用する歯科医はさらに増える」と同教授はみる。
老年症候群
加齢に伴い運動機能や活力が低下する「フレイル」や筋肉量が減少する「サルコペニア」への漢方の利用を模索する動きもある。
大阪大学大学院医学系研究科の萩原圭祐・特任教授は牛車腎気丸の筋肉量を増やす効果をマウスを使った実験で確かめたうえ、患者に投与したところ、歩幅の大きさを計測するテスト結果が約1割改善。試験前後の変化率も投与グループが投与していないグループを大きく上回ったという。
高齢者に多い慢性便秘症に対しては西洋医学の薬と並んで麻子仁丸(ましにんがん)などが使われる。萩原特任教授は「身体のバランスの崩れを元に戻し、高齢者の残存機能を生かす漢方は長寿社会に適している」と話している。
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再発・入院日数が減少 西洋薬から切り替えも
東京大学大学院医学系研究科の康永秀生教授らは包括支払制度に参加する医療機関の入院診療に関するデータを使い、慢性硬膜下血腫の手術後に五苓散を投与することで血腫の再発・再手術をどれだけ減らせるかを調査した。
脳を包む硬膜と脳表面との間に血がたまる慢性硬膜下血腫は高齢者に多い。頭骨に小さな穴を開けて血腫を吸い出す手術を行うが、血腫の再発で再手術となる事例が多く、医療費を押し上げる。
10~13年に全国約800施設で実施された約36000件の手術について、五苓散を投与したグループとしなかったグループに患者を分けて調べたところ、再手術率は投与グループ(4.8%)が非投与グループ(6.2%)を下回り、入院医療費も投与グループ(64.3万円)が非投与グループ(67.1万円)より約3万円低かった。
大腸がん手術後に腸が腹壁などに癒着して腸管が詰まるイレウスに関する大建中湯(だいけんちゅうとう)の効果についての康永教授らの調査では、チューブを挿入して腸の内容物を取り出す期間が、大建中湯を使った患者のグループは平均8日と、使わないグループより2日短縮。入院費の総額も231万円と38万円抑えていた。
康永教授は「漢方薬は一部の西洋薬からの切り替えができ、場合によっては複数の西洋薬を単剤の漢方薬に切り替えることもできる。そうすれば多剤併用による副作用を避けるだけでなく、医療費の節減にもつながる可能性がある」と期待している。
(編集委員 木村彰)
[日本経済新聞朝刊2018年9月24日付]
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