耳の老化は30代から始まる 自覚難しく不安なら受診
子音、高い音が聞き取りにくく/不安なら耳鼻科へ
「聞こえ」の悪さは、高齢者特有だと思いがち。実際は、働き盛りの世代から聴力は老化し始めている。進行すると対人関係などに不都合が生じ、仕事や生活に影響が出る。聴力の変化にうまく対処しよう。
聴力の衰えは50~60代で気付くケースが多いが、実は30代から始まっている。慶応義塾大学医学部(東京・新宿)耳鼻咽喉科の小川郁教授は「聞こえにくいと自覚するのは難しく、生活に支障が出て初めて分かるケースが多い」と指摘する。
同じく加齢で起こる老眼と比べると、聞こえの悩みを共有したり、対策を講じたりする例は少なく、困っている人は潜在的に多いという。
耳は外側から外耳、中耳、内耳に分かれており、耳の老化のほとんどは内耳で起こる。音は外耳道を通り、鼓膜の振動によって増幅される。内耳で電気信号に変換されて、脳に伝わる。
聞こえが悪くなるのは、内耳にある蝸牛(かぎゅう)という器官内の音を感じるセンサー、有毛(ゆうもう)細胞が加齢と共に傷むため。傷付いた有毛細胞は再生しないため、加齢による難聴は治らない。悪化すれば、最終的には補聴器が必要だ。
加齢性難聴の場合、まずは周波数の高い音が聞こえにくくなる(グラフ参照)。東京逓信病院(東京・千代田)耳鼻咽喉科の八木昌人部長によると「子音の聞き間違いが増える」。「牛」と「くし」「寿司」など、高い周波数で構成されるカ行やサ行、タ行の音が聞き分けにくくなる。
早口の会話に追いつくのも難しくなる。「耳から脳に至る、聴覚の伝導路全体の情報処理スピードが遅くなる」(八木部長)ためだ。聞きやすい音の範囲も狭くなり、一定のレベルを超える大きい音をうるさく感じるのだという。
加齢に加えて、大きい音に長い間さらされるのも、有毛細胞を傷める原因になる。「若い頃から騒音の中で過ごしたり、耳を酷使したりしていると、40~60代になって耳に不自由を感じる可能性が大きい」(小川教授)。
聴力の衰えの進行や、生活上で不便を感じる度合いには個人差がある。職場の会議や地域の集まりなど大人数で会話すると、比較的軽度の難聴でも聞き取りに困るケースがある。中でも音が響く会議室での会話は、言葉が時差で耳に届くため、脳の処理が複雑になり、聴きづらさが増す。
聞こえに不安があれば、耳鼻科を受診しよう。一般の純音聴力検査に加え、言葉の聞き取り具合を調べる語音明瞭度検査をして診断する。
難聴に関わる遺伝子がある人は、早めに難聴になりやすいことが分かっている。現在19種類の遺伝子を、血液検査で調べることが可能だ。保険適用の対象で、費用は1万1640円(3割負担)。大学病院などで受けられる。
聴力を保つには、音量への配慮も不可欠。イヤホンを使う時、85~90デシベルより小さい音なら耳を傷める心配が少ない。電車や地下鉄の車内でイヤホンから音漏れしていたら、音量は90デシベルを超えているので気を付けたい。「1時間聴いたら、1時間休ませることも大切」と小川教授は話す。
八木部長によると「糖尿病や高血圧、肥満患者は平均より聴力が悪い傾向にある」。カロリー制限が加齢に伴う難聴の進行スピードを抑えたという動物実験もあるという。
聞こえの悪化は周囲との人間関係や本人の精神面に影響を及ぼす。話がうまく聞き取れないと、生返事や聞き返しが増えて、円滑なコミュニケーションが難しくなる。中には会話を避けたり、引きこもりになったりする人もいる。
早いうちから聴力の老化の進行を遅らせる生活を心がけて、耳の不調が気になったら専門医を訪ねよう。
(ライター 結城未来)
[NIKKEIプラス1 2018年9月22日付]
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