ケーキをおいしく食す鉄則 ピエール・エルメ氏が伝授
本格的なケーキを出す洋菓子店が全国に増え、味も見た目も洗練されたケーキが楽しめるようになった。食べ方を迷う場合、どう食べたらいいか。作り手に聞いた。
「ケーキは宝石箱。切るときのワクワク感を楽しんで」と話すのはリシャール・ルデュさん。1998年の日本上陸以来、本格的なフランス菓子を販売するピエール・エルメ・パリの日本代表だ。「見た目にとらわれず、食感のコントラストや素材のバランスを大事に味わって」とアドバイスする。
形崩れてもOK 味の調和優先
丸くて中が見えないケーキを食べるときは思い切って、中心からナイフでカットする。フォークにクリームや生地などケーキを構成する全ての要素を一緒に乗せて口に運び、味わうのが基本だ。
例えば、同店の「モンブラン ア マ ファッソン」。断面に現れる6種類のパーツを一緒に口にすると、マロンクリームの濃厚さに、生クリームの軽さとミルキーさ、メレンゲのサクサク感、アーモンドクリームとタルト生地の香ばしさやコクが次々と広がり調和する。野バラの実のコンポート(砂糖煮)の酸味がアクセント。
パティシエは一口で全ての要素を味わうこの食べ方を前提に各パーツの分量と比率を緻密に計算している。
もしこのケーキのパーツを上の層から順に食べると、最初は濃厚なクリームが口に入る。それだけでもおいしさは感じるものの、順に食べ進むうちに、メレンゲなら甘さ、野バラの実のコンポートなら強い酸味が立ってしまう。最後はタルト部分のバターとアーモンドの濃厚さだけが余韻を残し、作り手の意図とは全く違う印象になるはずだ。
有名な店で評判の、高価なケーキを買って家で食べてみたら大したことはなかった、とがっかりする時は、食べ方も一因かもしれない。「すしと同じ。酢飯とネタのバランスを考えて出されているのに、上のネタから順番に食べたらもったいないでしょう」とルデュさんは説明する。
複雑な構造で食べるのが難しそうなケーキも、この基本を守ればおいしく味わえる。フランス伝統菓子「オペラ」をアレンジした同店の「オペラ ア マ ファッソン」は薄いチョコレートの板とモカクリームが層をなし、きれいに食べるのが難しそう。切ると形崩れしてしまいがちだ。
しかし、失敗したと思う必要はない。フォークの上にパイ生地とガナッシュ、アーモンド風味の生地、モカクリーム、チョコレートを乗せて一口で味わおう。作り手が伝えたかった風味と食感の調和が楽しめる。
夏場を中心に人気のある、グラス入りのスイーツも同じ。上から順に食べるのではなく、最初にスプーンを底までぐっとさし入れ、全部の層を一緒に味わう。パーツが混じり合っても、おいしく楽しめるように構成されている。
ケーキを満喫するために、もう1つ気をつけたいのは食べるときの「温度」だ。
バターを多く含むクリームは、冷蔵庫から出した直後だと固く締まっているため、香りが立ちにくい。ナッツ風味のクリームをシュー生地で挟んだ同店の「パリ=ブレスト クラシック」は「10分か15分ぐらい常温に置くのがおすすめ。クリームが柔らかくなり、ナッツの風味が際立つはず」(ルデュさん)。
グラススイーツ 冷たいままで
一方で、グラススイーツの食べごろは冷蔵庫から出した直後になる。冷たい状態で食べることを前提に考えられているからだ。
気楽に食べてもらいたいと工夫する店も。アディクト・オ・シュクル(東京・目黒)のシェフ、石井英美さんは「大好きなバタークリームをおいしく食べやすくしようと考えた」。通常、リング形のシュー生地を使うパリ・ブレストをエクレア形にした。
歯切れのよいシュー生地にホイップクリームで軽さを出したナッツ入りの香ばしいクリーム、さくさくした食感のプラリネチョコレート、香り高いオレンジを挟んでいる。手で持っても、フォークで切っても全ての要素を一緒に口に運びやすいうえに、冷蔵庫から出したてでもおいしく味わえる工夫が光る一品だ。
素材や技術の進化に伴い、価格も高めな昨今のケーキ。作り手の工夫も存分に堪能したい。
(ライター 糸田 麻里子)
[NIKKEIプラス1 2018年9月22日付]
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